「達人伝」感想(第188話・絶望の入り口)
「達人伝」感想(第188話・絶望の入り口)
「蒼天航路」の王欣太(キングゴンタ)先生が連載している「達人伝」のあらすじと感想を紹介します。
今回は,「第188話・絶望の入り口」です!
<信陵君の思いを受け継ぐ張耳〜漫画アクション2022/2/1発売号「達人伝」より〜>
【目次】
達人伝〜張耳の挙兵〜
信陵君が亡くなって2年。
魏都・大梁(たいりょう)で,信陵君の食客だった人々の縁をたどり,張耳(ちょうじ)が挙兵にこぎつけます。
「私財を投げうち 信陵君のご遺志を継ぐとは至高の道義心!」「我ら一同 胸を打たれて馳せ参じましたぞーっ」と張耳を称える人々。
そこに,ひときわ若い少年の姿があり,「君は?」と張耳が尋ねます。
少年の名は,陳余(ちんよ)。
「天の与える機を見過ごせば いずれ天の咎を受けることになりますゆえ」と,戦死した父の代わりに参加。
人々は感嘆し,張耳もよく参加してくれたと歓迎します。
ここで,「この後の戦乱の世にあって 張耳と陳余 ふたりの間柄はひと際熱く激しく そして残酷である」とト書きがあります。
達人伝や王欣太先生の作品では,このようなナレーションはあまり見られないもの。
あまり知識がなかったので,ざっと調べてみたところ,たしかにこの2人の関係は熱く,激しく,残酷なものでした。
<張耳と陳余〜漫画アクション2022/2/1発売号「達人伝」より〜>
達人伝〜張耳と陳余〜
張耳と陳余。
2人は,秦末期から楚漢戦争までの歴史と密接に関係しており,けっこうややこしいです。
おおざっばな内容を以下に紹介しますが,かなり長いので興味のない方は読み飛ばしてください。
張耳と陳余は魏の出身。まるで父子のような関係。
かつての廉頗(れんぱ)と藺相如(りんしょうじょ)に倣い,お互いの首を斬られてもかまわないという「刎頸の交わり」を結んでいた。
魏が秦に滅ぼされると,魏の名士だった2人は命を狙われたため,名を変えて,村の門番として過ごしていた。
ある日,陳余が村役人に因縁をつけられ袋叩きにあうが,「将来のために,つまらないことで命を落とすべきではない」と張耳は慰め,2人は支え合います。
紀元前209年,陳勝(ちんしょう)が蜂起。
張耳と陳余は陳勝のもとに馳せ参じ,秦の支配下にある趙を攻めたいと進言。
了承した陳勝は,武臣(ぶしん)を総大将に任命し,張耳と陳余はその補佐として趙を侵攻。
武臣は,趙を制圧。
張耳らは,「いま陳勝は疑心暗鬼にある。このまま帰ったら命が危ない。ここで,趙王になるべきである」と進言。
陳勝は激怒。
しかし,武臣に離反されたら困るので,しぶしぶ了承。
この功績により,張耳は右丞相,陳余は上将軍に出世します。
ここまではまあ順調ですが,この後,2人の関係は暗転していきます。
しぶしぶ趙王に認められたと分かっていた武臣は,地盤を固めるため部下を各地へ派遣。
部下のひとり,元秦軍の李良(りりょう)は秦軍に苦戦していたため,援軍を要請しようと趙都・邯鄲(かんたん)へ戻ります。
そこで,趙王・武臣の姉の行列に出会い,李良は平伏。
が,武臣の姉は酔っ払っていたため,李良のことがわからず,礼を失した行動を取ります。
激怒した李良は,武臣の姉を殺害。
その勢いのまま,李良は趙都・邯鄲へ乗り込み,趙王・武臣まで殺します。
「武臣の姉はどんだけ酔っ払ってたの?」「礼を失した行動ってなに?」「李良のキレっぷりというか開き直りヤバいな」などツッコミどころ満載ですが,話を先に進めます。
張耳と陳余は,間一髪のところで邯鄲を脱出。
かつて趙の公子だった人物を趙王として擁立し,信都を新たな都と定めます。
李良は信都を攻めるも撃退され,秦の章邯(しょうかん)の下へ逃亡。
章邯は堅城である邯鄲を破壊し,住民を強制移住させ,30万の大軍を信都へ侵攻させます。
張耳は,趙王と共に鉅鹿(きょろく)に籠城し,陳余は兵を集めることに。
章邯に糧道を断たれ,飢えながら鉅鹿で待つ張耳。
やがて陳余の援軍が到着したが,秦の大軍を見て,容易に手が出せないと見守るのみ。
いっこうに攻めない陳余に激怒した張耳。
使者として,自身と陳余の親族を陳余へ送り,「刎頸の交わりを交わした間柄ではないか!なぜ数万の軍を擁しながら攻めないのか?共に戦って死のうではないか!」との手紙を託します。
それでも,「ここで死んでは秦が得をするだけ。趙のためにならない」と動かない陳余。
張耳と陳余の親族は,「張耳と趙王のため,共に死にましょう!」と食い下がり,やむをえず陳余は5千の軍を与える。
が,あえなく秦軍に敗れて全滅。張耳と陳余の親族も戦死。
もはや,落城は時間の問題。
その時,項羽軍が来援して秦軍を撃退(鉅鹿の戦い)。
鉅鹿に入城した陳余を張耳はなじり,怒った陳余は将軍を辞職すると言って便所へ。
はじめ,張耳は陳余の辞職を認めるつもりはなかったが,食客の勧めで気が変わる。
便所から戻った陳余は,辞職を引き止めない張耳を恨み,数百の部下を引き連れ黄河のほとりで漁師として隠遁生活を始めます。
「陳余が便所に行かなかったら…」とか「食客がいらんこと言わなければ…」とか思うところはいろいろありますが,話はまだ続きます。
秦が滅亡。
項羽は論功行賞を行い,張耳は分割された趙の一部を与えられ,常山王に。
一方の陳余は,項羽に従って秦に攻め入らなかったため,三県を与えられたのみ。
「私と張耳の功績は同じなのに,王より格下の候とはあまりに不公平だ!」と激怒した陳余は,項羽と敵対していた斉王に兵を借り受けて張耳を攻め,その一族を皆殺しに。
そして,かつての趙王を,再び趙王に即位させました。
命からがら敗走した張耳。
自分を引き立てた項羽に頼るべきところ,占星術師が「後日,漢王劉邦の天下が来る」と旧知の劉邦を頼るよう勧めたため,漢中に落ち延び劉邦に仕えることに。
楚漢戦争が勃発。
項羽を包囲するため各国と同盟を結ぶ戦略の漢王劉邦は,趙と同盟を結ぶには実力者の陳余の承諾が必要だった。
陳余は同盟の条件に,張耳の首を要求。
劉邦は,張耳と似た囚人を処刑してその首を送り,漢と趙は同盟。
が,その後,張耳が生存していることが露見し,激怒した陳余は同盟を破棄。
その後,張耳は劉邦の部下・韓信の副将として,魏・代を滅亡させます。
趙に迫った漢軍3万は,20万の軍を率いる陳余と対峙(井脛(せいけい)の戦い)。
韓信の「背水の陣」の計により漢軍が勝利。捕虜となった陳余は処刑。
鎮撫のため,張耳を趙王とするよう韓信は劉邦に進言し,張耳は趙王として即位します。
達人伝〜運命の皮肉〜
張耳と陳余のあらましは以上です。
いかがでしたでしょうか?
ゴンタ先生が,「この後の戦乱の世にあって 張耳と陳余 ふたりの間柄はひと際熱く激しく そして残酷である」と書かれるのも,理解できるのではないでしょうか?
刎頸の交わりを交わした2人が,やがて敵対する関係となり,最終的にはかたや王となり,かたや敗戦の将として処刑。
2人の分水嶺は,間違いなく「鉅鹿」でした。
秦の大軍に突っ込めばまず間違いなく死ぬという状況で,自分が陳余の立場なら,どのように行動するか?
「ここで死んでは秦が得をするだけ。趙のためにならない」という陳余の主張は,まったく正しい。
一方で,「刎頸の交わりを交わした間柄ではないか!どうせ負けるのなら,共に戦って死のうではないか!」という張耳の主張も,まったく正しい。
「ええい,ままよ!」と秦軍に突っ込んだ陳余が戦死し,その後,張耳も秦軍に敗れて死ぬとか,どちらかが死ぬ,あるいは2人とも死ぬ展開が,可能性としては一番高かった。
そうなれば,2人の関係は刎頸の交わりよろしく,後世に残る美談となっていた。
ところが,起こりそうにもないことが起きるのが現実。
項羽が爆速で来援し,秦の大軍を破ってくれたものだから,2人とも生き残ってしまった。
その結果,お互いを恨み殺し合う,残酷な関係になってしまった。
歴史は,運命は,何とも皮肉ですね。
ちなみに,項羽が秦軍を破った「鉅鹿の戦い」は,秦軍30万に対して項羽軍5〜10万。
項羽は,3日分の食糧を残して渡河の船や料理の鍋をすべて黄河に捨てさせ,決死の勢いで秦軍を撃破したというのですから(破釜沈舟),凄まじい話です。
その後も,項羽は「彭城の戦い」で,3万の軍で56万の劉邦軍を撃ち破るなど,まさに鬼神の活躍。
中華史上,項羽ほど「覇王」という呼称が似合う人物はいないのではないでしょうか?
達人伝では,項羽の祖父・項燕(こうえん)が登場しますが,ゴンタ先生が描く「項羽と劉邦」をいつか読んでみたい気がします。
達人伝〜劉邦の叫び〜
さて,達人伝の紹介に戻ります。
首のない数々の死体にカラスが群がる中,茫然と立ち尽くす劉邦。
その中のひとつに,盗跖(とうせき)の遺体を発見。
志を同じくする流氓(りゅうぼう)として,共に戦ってきた盗跖姉さんを失った劉邦の怒り,悲しみは,想像に余りあります。
今回のタイトルは「絶望の入り口」。
これが「入り口」ということは,今後さらなる絶望が訪れるのでしょうか?
<劉邦〜漫画アクション2022/2/1発売号「達人伝」より〜>
達人伝〜麃公の天賦の才〜
函谷関に撤退する秦将・麃公(ひょうこう)を追う荘丹(そうたん)。
麃公は「一度交戦すれば 見切れぬ武はない!」と鋭い一撃を繰り出し,頬から出血した荘丹は途端に秘剣モードが解けます。
右側から迫る庖丁(ほうてい)。
これに対しても,麃公は馬首を庖丁の馬に激突させながら右手の戟を振り下ろし,間髪を入れず,左手の剣で荘丹の腹をなで切り。
そこへ突如現れ,一撃,二撃と繰り出す無名(ウーミン)。
しかし,数手先を見通す能力を持つ無名の攻撃に対しても,麃公は「ん!?ほう だがその眼の能力も 以後は通用しない!」と斬りあげて一蹴。
<麃公vs丹の三侠〜漫画アクション2022/2/1発売号「達人伝」より〜>
いや,麃公さん強すぎです。
「一度交戦すれば 見切れぬ武はない!」とは,学習能力が高すぎる。
しかし,想像するに,これは戦場で生き残る「必須能力」なのかもしれません。
敵と対戦するとき,もっとも怖いことは何か?
それは,「相手がどのような手を繰り出してくるかわからないとき」ではないでしょうか?
その一例として,ゴンタ先生の「蒼天航路」で印象深い戦闘シーンがあります(コミック27巻 その306「半世紀の武人」)。
李堪は,張郃が右手に長刀を持って疾駆して来るのを見て,当然,その攻撃を予想。
「そのいじけた構えで この李堪を斬ろうてかッ!」と迎撃しますが,じつは張郃は左手に長槍を隠し持っており,一撃で体を貫かれ死亡。
李堪からすれば,張郃は右手の長刀で「1,2!」のタイミングで斬りつけてくると思っていたところ,隠し持っていた左手のより攻撃レンジの長い長槍で「1!」のタイミングで突き出された。
<張郃vs李堪〜「蒼天航路」コミック27巻その306「半世紀の武人」より〜>
ことほどさように,何を繰り出してくるかわからない初見の敵は,恐ろしい。
このように,不確実性の高い戦場では,「初見の相手が繰り出す攻撃を,ある程度予想して,しのぐこと」「1度交戦した敵や同じようなパターンの敵の攻撃に,2度目以降は対応できること」が,生き残る条件ではないでしょうか?
同じ失敗を繰り返したら,命がないわけですから。
「半世紀の武人」張郃のような歴戦の武将は,予測力,学習力,対応力が並外れて高かったのでしょう。
しかし,口で言うは易し,行うは難し。
麃公の言うとおり,「天賦の才」がなければ実現できないことでしょう。
達人伝〜三位一体〜
「おまえ達!雑魚扱いをして悪かったな!」「大いに褒め立ててやろう!」と言う麃公。
「まったくよく戦い よくここまで来た!」「だが 俺の函谷関がおまえ達の死に場所だ!」と続けます。
「いや 函谷関は絶対に抜く!」と斬りかかる荘丹。
「名乗るがいい!」と聞く麃公に,「丹の三侠」と背後から迫る3人。
麃公は,庖丁と無名の剣を跳ね飛ばします。
「三人で一人前ということか!」と言う麃公に,「三位一体と言うこっちゃ!」と返す無名。
「何!?おいおい 素手で来るのか!?」「自棄糞(やけくそ)か!?」と言われながら,無名は斬撃を避けつつ麃公の馬を蹴飛ばし,庖丁は自分の馬を麃公にぶつけ,馬を飛び降りて麃公の馬首を拳で突き上げます。
馬が突き上げられ,鞍から飛び上がった状態の麃公。
そこに襲いかかる荘丹。
まさに,三位一体の息の合った攻撃。
はたして,麃公を止めることはできるのでしょうか?
<麃公vs丹の三侠〜漫画アクション2022/2/1発売号「達人伝」より〜>
達人伝〜まとめ〜
函谷関を前にした麃公の躍動感が,半端ありません。
麃公が繰り返し「俺の函谷関」と言うので,罠か伏兵でもあるのかと考えていましたが,単純に城門を閉めてしまえば追撃は困難なんですよね。
状況的に,麃公に追いすがっている連合軍は,丹の三侠はじめ少数。
これをある程度蹴散らし,撤退して来る秦軍を収容して城門を閉じれば,秦軍は一息つけます。
野戦から攻城戦となれば時間がかかり,一気呵成の勢いで函谷関をぶち抜きたい連合軍の戦略は,齟齬をきたすことになります。
函谷関は「絶望の入り口」となるのでしょうか?
ところで今回,見開き2ページのコマの上下に,1ページごとのコマがあるミックス型が見られました(上記掲載)。
このようなコマ割りは初めてでしょうか?
ゴンタ先生は,コミック最新刊(31巻)の見開きで,「自宅で立ち読み」を解説。
テーマを設定し,コーナーを作ると本棚の血流が上がり,新しい発想が湧いてきたりもする。
本棚リミックス!電子書籍ではおよそ味わえぬ楽しさ!と紹介されています。
見開き2ページのコマ割りも,電子書籍では味わえない楽しさですよね。
次回,第189話をお楽しみに!
<麃公vs荘丹〜漫画アクション2022/2/1発売号「達人伝」より〜>
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