「達人伝」感想(第179話・天地の絶対者)
「達人伝」感想(第179話・天地の絶対者)
「蒼天航路」の王欣太(キングゴンタ)先生が連載している「達人伝」のあらすじと感想を紹介します。
今回は,「第179話・天地の絶対者」です!
<連合軍司令官・龐煖〜漫画アクション2021/6/15発売号「達人伝」より〜>
【目次】
達人伝〜流氓の宣言〜
前回は,全軍撤収を開始した秦軍総帥・蒙驁(もうごう)に,劉邦が一撃を食らわしたシーンで終わりました。
おさらいしたい方はどうぞ。
蒙驁を追撃しながら,劉邦は言います。
「白馬のじいさんよ!」「あんたは強え!秦って国もえらく強え!」「だけどな 俺たちが力に平伏(ひれふ)すことはねえ 絶対にねえ!」
これに,盗跖(とうせき)一家も共感。
秦の思い通りにはさせない,ぶっ殺されようと何度でも生き返ってやると気炎を上げます。
「紳士と流氓(りゅうぼう)」は,達人伝をつらぬくテーマ。
ざっくりいうと,紳士とは公権力を持ち,歴史に名を残す人間。流氓とは,公権力を持たず,歴史に名を残さない人間。
流氓を,もう少し詳しく調べてみましょう。
流氓と流亡はニュアンスが異なるかもしれませんが,コトバンクによると,「流亡」は定住することなく,さまよいさすらうこと。
白水社の中国語辞典によると,「流氓」は騒ぎを起こし,けんかを吹きかけたり女性にいたずらをしたりするならず者,与太者,愚連隊,ごろつき,ちんぴら,やくざ者。
どうも,盗跖や劉邦のイメージは,「流氓」の方がしっくりきますね(笑)
では,現代でいえば,「流氓」はどんな人たちでしょう?
古代中国と現代社会では事情が相当異なりますが,「権力を持たず,権力に屈さず,理不尽な権力に反旗を翻す人々」ではないでしょうか?
たとえば,地球温暖化対策に対する不満の声を上げたグレタ・トゥーンベリさん,香港でストライキやデモを起こして逮捕された周庭さん,政権批判を発信し続ける作家の平野啓一郎さんは,現代の「流氓」と思います。
絶対に屈服しない。
権力の思い通りにはさせない。
権力の側からすると,これほどやっかいな存在はないでしょう。
<秦軍を追撃する劉邦〜漫画アクション2021/6/15発売号「達人伝」より〜>
達人伝〜紳士の言い分〜
もう少し脱線させてもらい,あえて紳士側(権力側)の言い分を考えてみます。
人々が安定した社会で,安心して暮らしていくためには,一定の秩序やルールが必要。
原始時代や戦国時代のように,無秩序で弱肉強食の社会では,人々は幸せに生きられない。
したがって,秩序を乱す者,ルールに従わない者はしっかり取り締まる必要がある。
権力側は,べつに意地悪をしたくて,統制や抑圧するのではない。
こう聞くと,紳士側にも一定の理があるように思えます。
おそらく,腹の底から真っ黒で,私利私欲のエゴを満たすため行動している権力者は,ごくごく少数。公権力を行使する多くの人々は,組織の命令に従っているだけ。
しかし,ここに,公権力のワナがあります。
アドルフ・アイヒマン。
数百万人のユダヤ人をアウシュビッツ強制収容所へ送り込む指揮的役割を担い,戦後,アルゼンチンに逃亡していたものの1960年にイスラエルに連行され,裁判の末,絞首刑になった人物です。
裁判で衝撃を与えたのは,大虐殺を指揮した「ふてぶてしい大悪人」を予想していた人々の予想を裏切り「小役人的な凡人」という印象を与えたこと,そしてユダヤ人虐殺は「大変遺憾に思う」と述べたものの,アイヒマン自身は「命令に従っただけ」と無罪を主張し続けたことです。
数百万人を死に追いやっておいて無罪を主張するとは何事か!人間としての良心はないのか!と慄然とする話ですが,仕事の命令の違いはあれども,公権力に従事する人々の事情は,大なり小なり同じようなもの。
アイヒマンと同列にしてはあまりに可哀想ですが,秦軍総帥・蒙驁も,中華統一を目指す苛烈な秦王・嬴政の命に従う者。
公権力に従事する者は,自身の良心に反する行為をしていないか,組織の維持が目的となっていないか,絶えず自身に問う必要があるでしょう。
<動揺する秦軍総帥・蒙驁〜漫画アクション2021/6/15発売号「達人伝」より〜>
達人伝〜冷静沈着な劉邦〜
さて,達人伝に戻ります。
「それでこそ盗跖一家」と蒙驁に斬りかかろうとする盗跖を,「止まれ姐さん 矢だ!」と止める劉邦。
なんと,蒙武が派遣した閃影騎射隊なるものが,殿軍の蒙驁軍に張りついていました。
騎射隊?
すっかり忘れていましたが,そういえばありました!
コミック25巻・第146話「戦場の邦」で,子ども時代の劉邦が初めて戦場を見学した際,秦軍を追撃しようとした劉邦を,「射抜かれてえか?邦ちゃん」「秦は常に前衛に騎射の名手を揃えてやがんだ」と庖丁がたしなめたのでした。
邦ちゃん時代のことなので,もう10年くらい前の出来事ではないかと思いますが,だから「なあ庖丁」と言った劉邦に,「よく覚えてたな」と庖丁が答えたんですね。
軍全体の勢いをあおりながらも,冷静沈着な劉邦。しかも,「じっくり追っかけ 隙を盗んでやろうぜ」と,どっしりゆったりとした構えがいいですね。
達人伝〜秦都攻撃〜
秦の魏国侵攻を阻止。ここからは,秦の国力をどこまで削ぎ得るかの戦い。
総司令官の趙将・龐煖(ほうけん)は,「必ずや 戦知らずの秦都咸陽を攻めてやる」と趙将・李牧と楚将・項燕に伝えます。
首都攻撃。これは効きます。
たとえ陥落させることができなくても,戦争が最終局面に入った象徴であり,民心が激しく動揺。
第二次世界大戦でも,多くの日本人は戦況が芳しくないことを薄々感じつつ,東京大空襲を受けて「完全に制空権を失っている。こりゃ,もうダメだ」と悟ったといいます。
はて,史実では,連合軍は秦都咸陽を攻撃するんでしたっけ?
前回の信陵君による函谷関侵攻が,最大・最高の戦果ではないんでしたっけ?
乗りに乗っている龐煖,その両腕として縦横の活躍を見せる李牧と項燕。
次なる展開が楽しみです。
<展開を加速させる連合軍〜漫画アクション2021/6/15発売号「達人伝」より〜>
達人伝〜撤収命令〜
秦軍を追撃する廉頗(れんぱ)と,それを追う秦軍の王翦(おうせん)と桓齮(かんき)。
王翦たちは,何度も廉頗に攻撃しては反撃をくらっている様子ですが,「いや わずかずつだが剣が鈍くなっている」「繰り返し行くぞ 桓齮!」と再度仕掛けます。
しかし,今回も後ろに目があるように,すかさず振り返って攻撃してくる廉頗。
廉頗は「にい」と,うれしそうに戦います。 戦好きの怪物じいちゃん(笑)
剣を弾き飛ばされた桓齮が廉頗の馬にしがみつき,「でかした桓齮!」と斬りかかる王翦。
<廉頗を攻撃する王翦と桓齮〜漫画アクション2021/6/15発売号「達人伝」より〜>
が,王翦の馬は,駆けつけた李牧の矢に射抜かれ,桓齮も馬に蹴飛ばされます。
二の矢を放とうとする李牧に秦将・黄壁が横から襲いかかり,李牧はすかさず標的を変更。
李牧は黄壁の斬撃を弾きつつ,首を射て負傷させます。
おお,至近距離の弓矢と剣の対決,しかも正面衝突でない直角攻防は新鮮!
顔色ひとつ変えず李牧に斬りかかる黄壁,冷静なだけでなく果断!
この交錯の瞬間の切り取り方,アングルはヤバいですね!
<秦将・黄壁vs趙将・李牧〜漫画アクション2021/6/15発売号「達人伝」より〜>
弓矢から剣へ切り替える李牧。
こまかいことですが,腰のあたりに弓矢を挟んでおく道具があったのかもしれませんね。
あれ,李牧が剣を左手に持っていますが,左利きでしたっけ?
弓矢は右手で引き絞っていました。
李牧から見て右側にいる黄壁と戦うためには,左手の方が戦いやすい?
と,そこへ廉頗が割り込み,黄壁はその斬撃を両手で阻止。
廉頗の一撃は,いかにも重そう。
後ろから追ってくる王翦たちへの守りの攻撃とは,質が違いそうです。
しかし,廉頗vs王翦・桓齮,李牧vs黄壁,黄壁vs廉頗と,豪華な戦闘シーンの連続。
「総帥より撤収命令だーっ」と王翦に呼びかける黄壁。
王翦は「なんだと!?」と信じがたい様子。
たしかに,この北東戦線では,丹の三侠や孟梁さんに前線を突破されたものの,秦軍は壊滅的なダメージを負ったわけではない。
王翦たちは,殿軍を張る廉頗を追尾していたので,どこかで秦軍と挟撃できるチャンスもあったはず。
さあ,王翦どうする?
常に冷静な判断を下す王翦さんですから,おとなしく撤収命令に従うと思われますが……
達人伝〜始皇帝誕生〜
場面は変わり,洛陽。
「蒙驁が軍を統括するようになってから秦は弱い」「仲父(呂不韋)の失政だ!」と秦王・嬴政(えいせい)は言います。
「余のもとになぜ白起がおらぬ!?」
ああ,それいっちゃいますか,嬴政さん。
蒙驁さんは,怒涛の勢いの連合軍相手によく戦っている堅実な秀才ですが,白起は異常な天才。
その生涯で70余りの城を落とし,100万人の将兵を殺した人物であり,ひとりの将の名前を冠する戦いで白起を超える人間は,古今東西いません。
神がかり,いや悪魔的な強さを誇った白起。
しかし秦王は,白起がいないことを嘆くだけでなく,異邦人からなる直属軍を組織。
さらに,自身が葬られる予定の墓陵を建設。東方六国を滅ぼした後,南方へ領土を拡張。そして,大型船による西方との海洋交易を企図。
「その先を考えれば,いくつもの命が要る」と,生きている間にこれらを達成するつもり満々の秦王。
「ところで 天下を一統にした時 余を何と称する?」
王より貴く,帝より貴く,皇より貴い者。
いわゆる「三皇五帝」といわれる,古代中国の神話伝説時代の8人の帝王を凌ぐ存在。
かつて存在したことのない,誰も聞いたことのない尊号。
天地の絶対者,皇帝!
この世に初めて生まれる唯一無二の存在,始皇帝!
天から光が差し込み,天地の絶対者誕生を表すこの絵,ヤバいっすね〜
<天地の絶対者を宣言する秦王・嬴政〜漫画アクション2021/6/15発売号「達人伝」より〜>
本や歴史の教科書で知り「皇帝」「始皇帝」と簡単に呼んできましたが,こう解説してもらうと,いかに始皇帝が凄い存在であるか,驚かされます。
歴史に,いかに自分の爪痕を残すか?
後世に,いかに自分を評価させるか?
秦王・嬴政は,おそらく人生の短かさを知りつつ,その枠を超えた未来へ想いを巡らせていたのでしょう。
史上初めて中華を統一した偉業もさることながら,「始皇帝」と称したブランディング・ネーミングセンスが圧倒的。
まさに破格。
その後,中華史上に現れる数多の皇帝の追随を許さない。
始皇帝は,中央集権体制を構築し,「皇帝」の名を創造した意味で,「中華の源流」といえるでしょう。
しかし,黒い血潮に染められたような太陽を背に,巨人のごとく街を踏みしだいて屹立するこの絵,始皇帝の凄味を表し過ぎていてヤバいですね〜
<始皇帝誕生〜漫画アクション2021/6/15発売号「達人伝」より〜>
「我を語り継げ,永遠にー!!」
さあ,そんな最強・始皇帝に,連合軍はどこまで肉迫できるのか?
次回,180話「榮陽の陣」に乞うご期待です!
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