「達人伝」感想(第185話・五関攻め)
「達人伝」感想(第185話・五関攻め)
「蒼天航路」の王欣太(キングゴンタ)先生が連載している「達人伝」のあらすじと感想を紹介します。
今回は,「第185話・五関攻め」です!
<連合軍総帥・龐煖(ほうけん)〜漫画アクション2021/11/2発売号「達人伝」より〜>
【目次】
達人伝〜内容の前に〜
内容に入る前に。
扉絵の前のページに,達人伝の概要について紹介されています。
これ,シンプルでわかりやすくて,いいですね!
<漫画アクション2021/11/2発売号「達人伝」より>
函谷関の場所は知っていたものの,武関の位置はわかりませんでしたが,この地図のおかげで函谷関の南方と判明。
また,龐煖の出身国・趙や項燕の出身国・楚の場所も明示されているので,地理的な意味合いや大きな視点での理解に役立つと思います。
以前,このブログで「地図があると助かるなあ」と書いたのですが,もしかしてゴンタ先生や出版社の方がリクエストに応えてくれたのでしょうか?ありがとうございます!!
ふと気づいたのが,ページ右上の「最終章」の見出し。
最終章!?
考えてみれば,2013年の連載開始以来,9年目。
コミックも30巻まで出ており,すでに第4コーナーを回ったイメージでしょうか?
連載が終わると思うと寂しいですが,まだまだ佳境。
今回の物語で,以前の話を忘れてしまっていた内容もあったので(汗),おさらいして今後のクライマックスに備えたいと思います。
最近,達人伝を知った方も,これまでの内容を読んでおくと,今後の展開がよりいっそう楽しめると思います!
たとえば,怪物・呂不韋の流氓から紳士への変貌ぶり。
数奇な運命をたどり,秦王・嬴政を産んだ朱姫。
静かな狂気に満ちた,白起の40万人の殺戮。
涙なしには読めない,李談の三千決死隊。
底抜けに明るく楽しく豪快な盗跖。
数々の名場面が浮かんできて,懐かしいですね。
達人伝〜五関攻め〜
さて,「第185話・五関攻め」のあらすじとレビューです。
連合軍総帥・龐煖が,秦の「五関攻め」の戦略を宣言。
まず,総力を結集して函谷関を突破し,ただちに軍を三分して,丹の三侠が先鋒を務める中央主力軍は潼関(どうかん)へ。
李牧(りぼく)率いる右軍は,湖関(こかん)を攻撃し,旧都・櫟陽(れきよう)を目指す。
項燕(こうえん)率いる左軍は,嶢関(ぎょうかん)を攻撃し,寿陵(じゅりょう)へ侵攻。
さらに,南方の要衝・武関(ぶかん)は,春申君が楚軍を率いて向かっているはず。
いつも沈着冷静な秦軍総帥・蒙驁(もうごう)も,「顕(あらわ)にしても こちらが対応しきれぬほどの戦略を講じ その上 万全の体制で秦に攻め入ろうというのか 龐煖!」と,あせりを禁じえません。
さらに,「敵兵の戦意が その熱が届いてくる!」「しかも あろうことか その意気に心震わす私がいる!」と,連合軍の士気の高まりに動揺しまくり。
もはや,戦意喪失しかかっているといっても過言ではないかもしれません。
「よいか!」「この戦が天下の分岐点となる!」「この一戦を 秦の野望を挫く第一戦とすべし!」と吠える龐煖。
連合軍の戦略と士気が秦を圧倒し,最高潮に達した一瞬です。
ところで,「秦の五関攻め」戦略は,ゴンタ先生のオリジナルでしょうか?
ざっとネットで調べた限り,それっぽい情報は見当たりませんでした。
「三関攻め」くらいでもよさそうなものですが,「五関攻め」とすることで壮大な戦略というイメージが伝わってきます。
ちなみに,後年,秦打倒の兵を挙げた劉邦は,守りの堅い「函谷関」を避け,「武関」から入って秦都・咸陽に一番乗りを果たします。
最終章に突入した達人伝では,その時代までは描かれないかなと思いますが,もしかしたら,もしかするかも?
<秦軍総帥・蒙驁〜漫画アクション2021/11/2発売号「達人伝」より〜>
達人伝〜一抹の不安〜
「ああ?……なんだこりゃ……」「姐さん達が 遅え」と不安をおぼえる劉邦。
劉邦は部下の白烽(はくほう)に指揮を任せて戦線を離脱し,噲(のちの樊噲(はんかい))も劉邦の後を追います。
連合軍の優勢は決定的で疑いようがない状況ですが,ちょっと嫌な感じがしますね。
ユリウス・カエサルいわく,「多くの人たちは,見たいと欲する現実しか見ていない」。
戦前の日本に,その好例があります。
1940年9月,勅命により内閣総理大臣直属機関として,総力戦研究所が設立。
将来,各組織のトップを嘱望される各官庁,陸海軍,民間の若手エリートが招集され,純粋な研究教育機関として日本の国力を総合的かつ精緻に分析。
そして,1941年2月,日米が開戦した場合のシミュレーションを行い,「日本必敗」というシナリオを導き出しました。
説明を聞いた東條英機陸相は青ざめながら,「諸君の研究成果はその労を多とするが,あくまで机上の演習であり,実際の戦というものは演習通りにはいかない」「日露戦争も,勝てるとは思わなかったが,戦わざるをえなかった」「この机上演習は口外してはならぬ」と発言。
現在,首相の器ではなかったと評価の低い東條ですが,さすがに俊英たちの叩き出した「日本必敗」という予測を重く受け止め,1941年12月の開戦へ一直線に突き進むことはありませんでした。
が,口止めするなどその成果を活用したとは到底いえず,事実,真珠湾攻撃と原爆投下以外,戦局はこのシミュレーション通りに推移しました。
見たくない現実を直視するのは困難。
ですが,イケイケどんどんの雰囲気の中にあっても,不都合な事実や直感を無視せず,将来に備えるのはリーダーの重要な資質ですね。
<不安をおぼえる劉邦〜漫画アクション2021/11/2発売号「達人伝」より〜>
達人伝〜進化の達人〜
「総司令官 龐煖 飛びっきりの 進化の達人だったな」と荘丹。
そう,龐煖は三千決死隊随一の荒くれ者でしたが,知恵を求めて楚に入り,春申君の導きで兵法に出会って大化け。
さらに,信陵君率いる秦攻めに参加し,信陵君から打倒秦の想いを託され,今の総司令官・龐煖が形成されました。
すっかり忘れていましたが(汗),そうでした。
龐煖は,順調なエリート街道を歩んできた軍人ではなく,不思議な人の縁をたどって総司令官に就いたのでした。
<丹の三侠〜漫画アクション2021/11/2発売号「達人伝」より〜>
進化の達人,龐煖。
正直,この描かれ方は驚きでした。
というのも,同じく春秋戦国時代を描いた漫画「キングダム」の龐煖は,修行僧のようにひたすら武を極めようとする孤高の「武神」として描かれており,その強烈なイメージを引きずっていたためです。
「武神・龐煖」は魅力的ですが少々現実離れしており,「進化の達人・龐煖」はリアルな人間くさい魅力があります。
「でも実際,大人になってそんな進化する人なんているの?」と思うかもしれませんが,いるんです!
武に頼るばかりで学のなかった呂蒙は,周囲から「呉下の阿蒙」(呉のおバカな蒙ちゃん)と呼ばれていました。
ところが,主君・孫権に勧められて一念発起。
見る見るうちに学識を身につけ,噂を聞いて訪れた重臣の魯粛も,呂蒙の成長ぶりに驚きます。
呂蒙いわく「男子三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ」。
すなわち,男子たる者,別れて三日もすれば大いに成長しているものだから,目をこすって違う目で見るべし,と。
呂蒙は,呉の総司令官として活躍。
侵攻してくる魏の曹操軍と互角に渡り合い,後任の陸遜とともに蜀の豪将・関羽を敗死へ追い込みます。
興味を持たれた方は,ゴンタ先生の名作「蒼天航路」をぜひ。
呂蒙の活躍は,コミック31巻「その350 呉下の阿蒙にあらず」にあります。
ちなみに,コンパクトさ重視なら文庫版(絵が小さくて迫力に欠けるのが少々難),美しいオリジナル書き下ろしの表紙絵を楽しみたいなら極厚版(重いのが少々難),オーソドックスな読みやすさを求めるならコミック版(冊数が多いのが少々難)がオススメです。
↑全種類持っている者のアドバイスです(笑)
達人伝〜進化する荘丹〜
「洛陽 上党 そして長平」「俺たちは 龐煖より前から ずっと戦場で戦ってきた」「知らぬうちに 無自覚の力が培われているかもしれない」「それを試してみよう」と荘丹。
「知の外の 意識の外で育まれた力 あるいは 天に養われた命の力」
これは,荘丹の祖父である荘子の考えのようです。
解釈するのが難しいですが,意識して努力して身につけた表層的な技ではなく,何十年も鍛錬を重ねるうちに自然と身体に染みつき,無意識に内面から発動される技といったところでしょうか。
荘丹は,先鋒を二分し,無名(ウーミン)と庖丁(ほうてい)に左右両軍を駆け上がるよう指示。
自身は単騎で真ん中を突き抜けると。
心配しつつ,「こういう時の荘丹は止められねえ!」と腹をくくる無名と庖丁。
天を仰ぎて嘘く(うそぶく)ー
白川静先生の「字通」で確認したところ,ここでいう「嘘く」は「泣く,嘆く」の意ではなく,「息を吐く」の意でしょう。
深く深く呼吸して,天と一体化する荘丹。
<荘丹〜漫画アクション2021/11/2発売号「達人伝」より〜>
達人伝〜窮まり無し〜
単騎で敵陣へ突っ込む荘丹に,項燕も李牧も龐煖も驚きます。
なぜなら,項燕も李牧も,殿軍として張りついている秦軍総帥・蒙驁(もうごう)の強さが身にしみているから。
しかし,「味方をも惑わす 彼らの不意の力に乗っていこう」「すなわち 丹の三侠そのものが 陽動作戦の中心だ!」と龐煖は判断。
秦軍最後尾へ迫る荘丹に,馬首をめぐらす蒙驁。
無言の一撃を繰り出す蒙驁に,荘丹は「窮(きわ)まり無し!」
<蒙驁vs荘丹〜漫画アクション2021/11/2発売号「達人伝」より〜>
この「窮まり無し」は,「蝸牛角上の争い」という荘子の故事に由来すると思われます。
昔,魏国は斉国と同盟を結んでいたが,斉王が裏切ったため魏王は怒って刺客を放とうとした。
すると,戴晋人(たいしんじん)という人が,「じつは,カタツムリの触覚には2つの国があり,何万人もの死者を出して戦い続けて,15日目にやっと軍を引いたのです!」というと,魏王は「ええかげんな話もたいがいにせい!」。
すると戴晋人は,「じゃあ,この世界の上下四方に窮まりはあると思いますか?」と問うと,魏王は「窮まりはなかろう」。
「窮まりのない世界で心を遊ばせる者がこの世を眺めたら,カタツムリの触覚の争いも,魏国と斉国の争いも,大差ないですよ!」と戴晋人が言うと,魏王は「うーむ,そうなんか,違いはないんか……」と呆然とした,というエピソードです。
説明が長くなりましたが,つまり「窮まり無し」モードの荘丹は,広大無辺の世界に悠々と心を遊ばし,蒙驁の殺気も必殺の一撃もあるかなきかで,なんということはない。
そして,「逍遥遊」と,まさに自在に遊ぶように蒙驁の斬撃をかわし,反撃を加えます。
<蒙驁vs荘丹〜漫画アクション2021/11/2発売号「達人伝」より〜>
次元は異なりますが,最近,更科功さん著「宇宙からいかにヒトは生まれたか〜偶然と必然の138億年史」を読み,「窮まり無し」と同じようなことを感じました。
宇宙誕生が138億年前,地球誕生が46億年前,生命の誕生が40億年前,複雑な生物の誕生が19億年前,そして人類誕生が20万年前。
この間,マグマオーシャンという地球全体がグツグツ煮えたぎった状態や,スノーボールアースと呼ばれる地球全体が凍結する状態も経て,現在の我々がいるわけです。
ちなみに,月ができたのは,ある惑星が地球の横をかすめるようにぶっ飛んできて衝突して,その砕け散ったカケラから月ができた「ジャイアント・インパクト説」が有力だそうです。
地球の46億年の歴史を1年に置き換えるなら,人類誕生は午後11時37分。
私たちの一生なんて,地球の歴史から見たら,1秒にもなりません。
さらにいうと,地球は10億年後には太陽の膨張によって海が消滅して生物が絶滅し,さらに40億年後には太陽に飲み込まれて消滅するそうです。
しかし,その後も宇宙のどこかで地球のような惑星が形成され,生命が生まれ,その惑星や宇宙もいつか何らかの形で終わりを迎え,もし別の宇宙があれば,また惑星や生命が生まれては消滅していく……
私たちの人生は,気の遠くなるような壮大な宇宙と比べれば,漆黒の闇にきらりと一瞬だけ輝く流れ星ほどの長さもないことでしょう。まさに,時空は広大無辺で「窮まり無し」の気分。
そんな一瞬の人生で,つまらないことに怒り悲しむ自分がアホらしくなります。
これか?この感覚が「窮まり無し」ではないのか!?(笑)
荘子の説く「逍遥遊」は,世界が「窮まり無し」であるからこそ,時間にも場所にも何ものにもとらわれず,自由自在に生きようというスタイルと理解されます。
達人伝〜まとめ〜
荘丹の遊ぶが如き剣技に斬られ,馬から崩れ落ちる蒙驁。
連合軍による五関攻めが始動し,頼みの綱の蒙驁も敗れた秦は万事休すか!?
が,劉邦の伏線もあり,すんなりとはいかないような気もします。
次回に乞うご期待です!
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