達人伝(王欣太)第164話「因果の咆哮」感想

【目次】

達人伝あらすじ

中国の春秋・戦国時代。

 

天下統一を目指す秦に故国を滅ぼされ,親友を殺された荘丹(そうたん)は,秦の野望を砕くことを決意。
 

志をともにする仲間2人と出会った荘丹は,戦国四君(斉の孟嘗君,趙の平原君,魏の信陵君,楚の春申君)の助けを得ながら,秦に対抗する力を蓄えていく。

 

2代続く王の死に揺れる秦に対し,魏の信陵君を盟主に,五国連合軍が結成。

荘丹たちは,少年・邦(バン)=のちの劉邦とともに決戦の地へ繰り出す! 

 

 

ひとことでまとめるなら

 

冷徹で安定した体制の樹立を図る「紳士」(=公権力を持つ人々)と

その阻止を図る「流氓」(りゅうぼう=さすらい歩く人々)

 

の戦いの物語。

 

 

作者は,従来の三国志観にパラダイムシフトを起こした伝説的名作「蒼天航路王欣太(キングゴンタ)先生です。 

 

蒼天航路の魅力について100倍くらい書きたいことはありますが(笑),胃もたれしない程度にまとめた感想がこちら。

 

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王欣太先生とは,20年くらいずっと会いたい!と願っており,2019年に実現。

 

気難しくて,怖そうな先生かと勝手に想像していたら,気さくでサービス精神あふれる,気のいいおっちゃんでした(笑)

 

でもやっぱり超一流のクリエイター!と尊敬できる素晴らしい方。

 

 

ちなみに,「王欣太」は中国人ぽい名前ですが,「蒼天航路」に取り組んだとき中国人になりきって描くぞ!と勢いでつけたペンネームだそうで,ばりばり,コテコテの関西人です(笑)

 

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達人伝とキングダム

「達人伝」は,「キングダム」(原泰久先生・集英社)とほぼ同じ時代。

(正確にはキングダムの数十年前)

キングダムは,主人公の信が秦王・政とともに天下統一を目指し,成長・活躍していく王道の物語で,アニメ版・実写版が映画化されている人気作品です。

 

キングダムは,最新の連載誌までひととおり読んでおり,物語の展開も迫力ある画力も素晴らしい作品と思いますが,個人的には「蒼天航路」以来,王欣太先生の大ファン。

 

 

キングダムとほぼ同じ春秋戦国時代を描きながら

 

・史実に残らない流氓(りゅうぼう)が歴史を動かす斬新な視点

・自由を追求して,権力や体制にあらがい連帯する姿勢

・史実を押さえつつ,予想を遥かに超える解釈と描写

水墨画調はじめ,自由闊達でのびやかな画風

・命を超えて受け継がれる熱い「侠」の魂

 

などの点において

「達人伝」は「知性と感性を圧倒的に刺激する大人向けの作品」です。

 

 

もちろん,人それぞれ好みの違いはあり,誤解のないよう補足しておくと,キングダムが子ども向けというわけでは,決してありません(笑)

 

ある意味で,描き尽くされた「王道路線の歴史もの」のレッドオーシャンで,おもしろく描いて多くの人に受け入れられることは,難事中の難事であり,正義であり,素晴らしい。

 

私自身,純粋に楽しむエンターテインメント作品という意味で,キングダムはめちゃくちゃおもしろいと思います。

 

とはいえ,総合的にはキングダムより断然「達人伝」推しなんですけどね(笑)

 

 

キングダムを読んだり,観たりしたことがある方は,「達人伝」と「キングダム」の共通点や違いを比較する観点から楽しむのも,おもしろいと思います!

 

【達人伝公式サイト】

tatsujinden.jp

【無料で読める「達人伝」ダイジェスト版】

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達人伝第164話「因果の咆哮」〜扇(せん)の叫び 

「あんた…だけど盗跖は死なせないよ」

「十一代目はきっともうここにいるんだから…」

「この子が育つまでは私が繋ぐ!」

「私が十代目盗跖だ!」

 

扇(せん)の十代目盗跖(とうせき)襲名宣言は,女の覚悟,母の覚悟といえばいいのでしょうか,激しさ,切なさ,そして使命感に満ちています。

 

大好きだった扇の兄の八代目盗跖は帰らぬ人となり,その後を継いだ九代目盗跖を,はじめは認められなかった。

 

やがて,その成長とともに愛するようになり,不安とともに戦場へ送り出したところ,兄と同じように帰らぬ人となった。

 

まったく思いがけず,二代続けて最愛の人を失う悲しみに明け暮れるのではなく,「盗跖」という現(うつつ)を自在に生きる心を,子どもの命を次代へ繋いでいく覚悟……

 

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<十代目盗跖を宣言する女傑・扇(せん) 〜漫画アクション2020/9/1号「達人伝」より〜> 

 

女性は,つくづく現実的で強い存在だと思います。

 

第二次世界大戦で亡くなった日本将兵は120万人といわれ,そのうち,妻や恋人がいた男性は数十万人はいたことでしょう。

 

その数だけ,未亡人や恋人を失った女性がいた。

 

現代でも女性ひとり,シングルマザーとして生活していくのは大変なことであり,ましてや敗戦後の混乱期の苦労は,想像を絶するものだったでしょう。

 

 

昨年,父が亡くなった際の「母の強さ」にも驚きました。

 

連れ添った年月が40年以上と長いぶん,妻として夫を失う悲しみは,おそらく子として父を失う私の悲しみより,深く,大きなものだったでしょう。

 

しかし母は,深い悲しみから夜もろくに眠れず,疲弊の極みにありながら,葬儀はじめ現実的な手続きは粛々と進めたのです。

 

 

一方,知り合いの男性は,妻を亡くした悲しみから食事もろくにとることができず,葬儀等の手続きは友人や子どもに任せきりという状態でした。

 

 

女性の方が,男性よりはるかに強い。

 

男性の皆さん,ゆめゆめ女性に逆らおうなど,思ってはいけませんよ!(笑)

 

達人伝第164話「因果の咆哮」〜趙姫の叫び 

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<茫然とする秦王・政の母・趙姫 〜漫画アクション2020/9/1号「達人伝」より〜>

 

「あれはもう私の子ではない…」

「私はもうあれの母ではない」

「そうよ 私は母ではないの!」

 

生まれてくる子どものために覚悟を決めた扇と,ある意味で対照的な趙姫のこの叫び。

「女性性」「母という存在」について,深く考えさせられます。

 

私は2人の子どもがいますが,「あれはもう私の子ではない」「私はもうあれの父ではない」「そう 私は父ではない」という感覚はありません。(あったら問題ですね…笑)

 

まだ,激しい反抗期を迎えてないこともあるのかもしれませんが,子どもは自身の分身というか,自分の延長線上にあるような分かちがたい存在。

 

子どもの言動や考えていることは,おおむね理解できているつもりです。

(じつは,全然わかっていないかもしれませんが)

 

 

一方で,矛盾するようですが,「自身も子どもも,それぞれの人生を生きる独立した人間である」という意識があります。

 

今は子どものことをおおむね理解できているつもりでも,私自身がそうだったように家出を繰り返したりそのうち,親の理解や想像を超えて飛び立っていく日が,きっと来る。

 

それが,大人になる,自立するということであり,親は子が生きようとする人生の足を引っ張ってはならないし,できる限りそれを応援してあげたい。

 

 

また,これは意見が分かれるところかもしれませんが,「子の人生のために,親が自ら生きたいと願う生き方を犠牲にしてまで支えるのは違うのではないか?」と思います。

 

ドライなようですが,血を分けた親子といえど,「自身」とは異なる「他者」。

親も子も,人生を代わりに生きることはできず,1度きりの自身の人生を生き切るほかない。

 

 

王欣太先生の「蒼天航路」その148「侠の投降」(コミック13巻)に印象深いシーンがあります。

 

曹操劉備を攻め,恐れをなした劉備は,妻子を置き去りにしたまま逃亡。

死を覚悟する劉備の子・劉冀に,曹操は言います。

 

「乱世を争う者は 妻子の生死に妨げられることはない」

「したがって 親のために死を覚悟することなど 孝でもなんでもない」

「乱世の死は 父親や母親とは何の関係もなく ただ自分ひとりで覚悟せねばならん!」

 

私なりに噛みくだいて解釈するならば,

 

「乱世の英雄と言われるような人たちは,妻子の生死を優先的に考慮して,自分の信念を曲げるような生き方はしない」

「だから,劉冀くんが人質となることで父・劉備を悩まさないよう,その生き方の邪魔にならないようさっさと殺してくれというのは,親孝行でも何でもないよ」

「そもそも乱世では,親であろうと子であろうと,自分のための人生を生きるべきであり,親や子のために死ぬなんてナンセンスだよ」

 

という意味です。

 

 

私は,おおむね曹操のこの考え方に賛成です。

乱世であろうと平時であろうと,基本的に親は親,子は子それぞれの人生を生きるべき。

 

もちろん,子どもは目に入れても痛くないほど可愛いし,全力でその進む道を応援するつもりですが,親の人生観,価値観を子どもに押しつけてはいけない。

 

同様に,成長した子どもが,親にその考えや生き方を押しつけるのもおかしい。

 

ちなみに,この後,曹操は,「過酷に生きることは 過酷に死ぬより何倍も力が要るぞ」と劉冀を助命しています。

 

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<曹操蒼天航路その148「侠の投降」(コミック13巻)より〜>

 

 

私のような考えが,世の「父」の一般的な考え方かはわかりませんが,少なくても「母」という存在は「父」よりずっと深く,心身ともに子と不可分に結びついていることでしょう。

 

子のためなら,母はなんだってする。

子のために,母がするのは当たり前。

子をおざなりにする母など,もってのほか。

 

この感覚は,社会的規範意識もさることながら,より生物的,本能的な思いに根差すものでしょう。

 

 

しかし,女性もまた一個の独立した人間であり,生き物なのです。

 

ともすると,「あの子はもう自分の子ではない,自分はもうあの子の母ではないなど,なんと身勝手な!」と否定的なニュアンスで捉えられそうなシーンです。

 

しかし,過酷な環境の中で子を守り生き抜くことに必死だった趙姫が,自分の人生を生き,自分の人生を取り戻す決意をしたシーンであると,私は前向きに理解しています。

 

 

ただ,そのきっかけとなったのが,趙姫の子・政(始皇帝)の蔑むような表情と「げ…」という台詞であるのが,つらいところ(苦笑)

 

政は,幼い頃から母・趙姫が様々な男たちとセックスする現場を目撃してしまっており,情欲に溺れる母の姿をあさましいと捉えています。

 

 

友人の女性が,「小学生の頃にうっかり親のセックスを目撃してしまった」という話を聞いたことがあります。

 

「お母さんがお父さんにいじめられてる?」

「お母さんが苦しんでる!助けてあげなくちゃ!」

「いや,ちがう!お母さん悦んでる?いったい,どっち!?」

「なんでこんなことしてるの?」

 

こう書くと完全に笑い話ですが,当時の彼女はとても混乱したそうです(笑)

 

 

ある程度の人生経験を積めば,セックスは人間として動物として自然の営みであると理解し,受け入れられます。

 

が,やはり,子として親のセックスは見たいものではないし,特に幼少期におけるその影響は非常に大きいでしょう。

 

始皇帝サイコパスな人格を形成した要素のひとつとして,このようなエピソードを織り込む王欣太先生の描き方はさすがの一言です。

 

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<秦王・政の母・趙姫と家臣・嫪毐(ろうあい) 〜漫画アクション2020/9/1号「達人伝」より〜>

 

達人伝第164話「因果の咆哮」〜信陵君の叫び  

信陵君率いる五国連合軍は,中原にはびこる秦軍を撃退し,函谷関まで追い詰めた。

さらに秦王が死去し,秦は内政も軍事もガタガタの状態。

 

ところが,魏・韓・趙・楚・燕の連合軍が一斉に挙兵して秦に攻め入る絶好の機会に,各国は撤退を表明します。

 

各国としては,仮に秦を打倒するところまで行ったとしても,魏の信陵君主導の戦後処理は利が少ない。

 

魏としても,信陵君が中原の英雄として魏王以上に名声を高めることはおもしろくないし,危険でもある。

 


歴史を振り返れば,この時が秦を倒す最後のチャンスだったのに,各国は自国の都合を優先して,滅亡への道を突き進みます。

 

 

何事にも,逃してはいけない「時」がある。

 

「天の時」「地の利」「人の和」が重要といわれますが,たとえ「地の利」「人の和」が揃っていても,「天の時」が訪れないことには,物事の成功はおぼつきません。

 

 

ダニエル・ピンク著「When 完璧なタイミングを科学する」という本があります。

 

結婚,離婚,就職,転職,ダイエットはじめ,世の中では「What 何をやる?」「How どうやるか?」が重視されます。

 

が,じつは「When いつやるのか?」の方がずっと重要!という指摘です。

 

 

たしかに,自身の人生を振り返っても「あのときプロポーズしなかったら,今も独身かも」「あのとき転職しなかったら,今ごろ……」など,「When」の重要性はよく理解できます。

 

 

「平原君よ 蔡要よ 秦の空洞が軋む音を立てておるのに」

「俺のとことんは ここで尽きた」

 

千載一遇の機会を逃した信陵君の無念は想像に余りあり,晩年は不遇のうちに死去したといわれているので,最大で最後の輝きを放った瞬間なのかもしれません。

 

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<無念の思いを咆哮する信陵君 〜漫画アクション2020/9/1号「達人伝」より〜>

 

 

しかし,信陵君に対する魏王の帰国命令には,,ハッと胸を衝かれました。

 

かつて,信陵君が殺めてその軍を強奪した名将・晋鄙(しんぴ)将軍の実弟を派遣し,指揮権を移譲の上ただちに帰国しろ,という命令です。

 

これが史実にせよ,王欣太先生の考えたオリジナルにせよ,じつにえげつない(笑)

 

信陵君は,勝手に魏軍の指揮権を奪って秦へ攻め込んだほどであり,容易なことでは帰国命令に従わないだろう。

 

そこで,信陵君の前科の被害者で,ゆえなく兄を殺されて恨み骨髄に徹している弟を派遣。

 

 「だいぶ活躍しているようだが,晋鄙将軍の殺害と魏軍の強奪を忘れてないよな?」

「すぐ帰ってこい!」「さもなければ,今度はお前のことを殺してでも王命を果たすぞ!」

 

そのプレッシャーは,有無をいわさない迫力があります。

 

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<帰国を迫る魏将・晋遼 〜漫画アクション2020/9/1号「達人伝」より〜>

 

 

「時はめぐる」

信陵君のこの台詞は「因果はめぐる」ともいえるでしょうか。

 

かつて自身の取った行動が,めぐりめぐって,今度は自身に降りかかってくる「因果応報」です。

 

 

ここで,今回の第164話のタイトル「因果の咆哮」は,3人の因果に絡む咆哮(叫び)なのではないか?と思い当たります。

 

1人目は,「十代目盗跖を襲名する」という扇(せん)の叫び。

2人目は,「私は母ではなく,ひとりの女性である」という朱姫の叫び。

3人目は,「行為の報いは自身に返ってくるのか」という信陵君の叫び。

 

タイトルひとつに,これほどの意味・文脈が内包されている王欣太先生の「達人伝」。

やはり,うかつに読むことができません!(笑)

 

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<五国連合軍総帥の信陵君 〜漫画アクション2020/9/1号「達人伝」より〜>

 

達人伝第164話「因果の咆哮」〜まとめ

函谷関戦というひとつの大きなクライマックスを終え,今後どのように展開していくのでしょうか?

 

各国が尻込みするなかで,打倒・秦を目指す荘丹たちは活躍の場を見出せるのでしょうか?

 

扇は十代目盗跖として,荒くれ者の盗賊集団を率いていけるのでしょうか?

 

ひとりの女性として生きる決意を固めた朱姫は,今後どのような人生を歩むのでしょうか?

 

秦王・政や少年・邦(のちの劉邦)が成人するまで年単位の時間がかかり,私が作者なら次回以降の展開に頭を抱えてしまいそうです(笑)

 

 

あ,秦王死去を伝える張耳さん,動揺のせいかおひげが抜けていましたね(小声)

 

今後の展開に乞うご期待です!

 

【前回の感想はこちら】

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