魂熱ジャーナル

〜失われた魂熱(タマネツ)を求めて〜

達人伝(王欣太)第162話「宣告」感想

【目次】

達人伝あらすじ

中国の春秋・戦国時代。

天下統一を目指す秦に故国を滅ぼされ,親友を殺された荘丹(そうたん)は,秦の野望を砕くことを決意。

 

志をともにする仲間2人(無名=ウーミン,庖丁=ほうてい)と出会った荘丹は,戦国四君(斉の孟嘗君,趙の平原君,魏の信陵君,楚の春申君)の助けを得ながら秦に対抗する力を蓄えていく。

 

2代続いての王の死に揺れる秦に対し,魏の信陵君を盟主に五国連合軍が結成。

荘丹たちは,少年・邦(バン)=のちの劉邦とともに,決戦の地へ繰り出す! 

 

ひとことでまとめるなら,

冷徹で安定した体制の樹立を図る「紳士」(=公権力を持つ人々)と、その阻止を図る「流氓」(りゅうぼう=さすらい歩く人々)の戦いの物語です。

 

作者は,従来の三国志観にパラダイムシフトを起こした「蒼天航路」の王欣太(キングゴンタ)先生です。 

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「達人伝」は「キングダム」(原泰久先生)とほぼ同じ時代(正確にはキングダムの数十年前)。

「達人伝」「キングダム」両作品に共通する人物の描き方のちがいを味わうのもおもしろいと思います。

 

【達人伝公式サイト】

tatsujinden.jp

【無料で読める「達人伝」ダイジェスト版】

https://www.futabasha.co.jp/tachiyomi/reader.html?pc=1&fd=tatsujinden_digestLR

 

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達人伝第162話「宣告」〜3つの宣告

3回ほど読んで,第162話「宣告」には「3つの宣告」があると気づきました。

 

1つ目は,信陵君による秦都・咸陽への攻撃開始宣告。

2つ目は,秦の王子・政(のちの始皇帝)による即位宣告。

3つ目は,秦の王后・趙姫による丞相・呂不韋を逃さない宣告。

 

王欣太先生の作品には,全体の構成から登場人物のなにげない仕草など細部の描き込みまで,読み手の感受性や理解力に応じて感じられる深み,おもしろさ,発見があります。

「うかつに読んではならぬ!」と再確認しました(笑)

達人伝第162話「宣告」〜趙姫の狂気

まず「趙姫の宣告」を取り上げると,「人が狂うとは何か?」を考えさせられます。

趙姫は,呂不韋に2度見捨てられた頃から正気を失い,かつて愛してくれた呂不韋の幻想を求め性欲に溺れるようになります。

しかし,今回の趙姫の独白を読むと,趙姫は決して正気を失ったわけではありません。

 

「私のことを知りつくしている不韋の贈りもの」

「不韋… 不韋 不韋 不韋!」

「逃れたいのか不韋!」

「いいわ 望みどおり溺れてあげる」

「だけど 逃れさせはしない ひとり 逃げることはできないのよ 不韋!」

 

趙姫のこの「怨念」ともいえる想い…

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<嫪毐(ろうあい)にまたがる趙姫〜漫画アクション2020/7/21号「達人伝」より〜>

 

以前,精神障害者保健福祉手帳をお持ちの方々からお話を伺った経験があります。

瞬間的に話題が飛び,感情の起伏と幻覚・妄想症状が激しく,「危ない!電波が横切った」「ほら,あなたの後ろに霊がいますよ」と言われるなど,社会生活を営むのが困難な方々です。

 

不思議なのは,そのような話を1時間も聞いていると,あるいは同じような話を何人もの人から繰り返し聞いていると,電波や霊を見聞きできるその方々がふつうで,それらを感知できない私たちの方がおかしいのではないか,鈍感で異常なのではないか,と感じてくることです。

さらにハッとさせられたのは,ほとんど半開きで虚ろだった目線が,自分の子どもなど家族の話になった時は完全に理性的な目になり,涙を流しながら思い出や愛情を語るのです。

 

差別的な意味合いではなく,いわゆる「人が狂う」とはどのようなことなのか?

森鴎外舞姫」のように,ショッキングな出来事などを機に,脳内の何かがプツッと切れることで生じる現象なのでしょうか。

いや,脳の特定部位に電気を流すと幻覚や幻聴が現れるそうであり,「狂う」とは人格や精神が破綻することではなく,脳の器質的な障害に過ぎないのかもしれません。

 

おそらく,本人が感知する世界観が「正常」「ふつう」であり,故意に嘘をついているわけでもない。

そして,第三者から見ると,本人の外見上の言動はすっかり変容しても,過去の記憶や感情の核は一定程度保持されているのです。

 

げに恐ろしきは,人の感情。

結局のところ,人は「理屈」ではなく,どれだけ理不尽であっても「感情」で動く生き物。

呂不韋は生涯,趙姫から逃れることはできないでしょう。

 

幸か不幸か,私は女性からそのように想われた記憶はありません。

そんな甲斐性はないので心配ないと思いますが(笑),もし気づいていないだけだとしたら,これほど恐ろしいことはないですね……

達人伝第162話「宣告」〜蒙驁と信陵君の器〜

秦軍総帥・蒙驁(もうごう)vs連合軍総帥・信陵君(しんりょうくん)の一騎討ちは,紙一重,皮一枚のせめぎ合いとなりました。

蒙驁も信陵君も,相手を止めるだけでなく本気で殺しにかかった。

そして,先に信陵君の刃が蒙驁に届き,額を斬り裂きかけた。

蒙驁は踏み込んで信陵君に斬りかかることはできず,自身の致命傷を避けつつ,信陵君の馬に斬撃を加えて閉門するほかなかった。

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<信陵君に額を斬られる蒙驁〜漫画アクション2020/7/21号「達人伝」より〜>

 

これを読んで思い出したのが,「蒼天航路」の張飛vs楽進(その223「蒼天の武」)です。

劉備を慕って逃避行を続ける人々を守るため圧倒的な武を振るう張飛に対し,絶対に引くことのない楽進が迫る。

張飛の蛇矛に両断されそうになった瞬間,楽進は不退の信条を曲げ,身を引くことで一命を取りとめます。

「人外の武」張飛と「不退の武」楽進が正面から激突する名場面でした。

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<張飛の蛇矛の一撃を避ける楽進〜「蒼天航路」20巻その223「蒼天の武」より〜>

蒙驁は独白します。

「私が討ち逃したのは 己の武の不足か?」

「それとも 中原随一の天下人に心気を削がれたためか!?」

「否!どちらであるかは判別せぬことだ!」

 

この独白に,蒙驁の「器」がうかがえます。

これまで対戦した経験上,信陵君の武は自分より劣るはずであり,止めるだけでなく本気で殺しにかかったのに,なぜ討てなかったのか?

それは,自身の武の不足という「技術的な問題」か,あるいは信陵君の気概に気圧されたという「精神的な問題」か,冷静に分析しています。

 

最強を目指す純粋な武人であれば,たとえば「蒼天航路」の張遼であれば,何年間でも延々と理由を問い続けることでしょう。

しかし,ここで蒙驁は「否!どちらであるかは判別せぬことだ!」と思考を打ち切ります。

蒙驁は,わかることはわかる,わからぬことはわからぬ,考えてもわからぬことは考えぬという現実主義者。

「ニーバーの祈り」という言葉があります。

「神よ,変えることのできないものを静穏に受け入れる力を与えてください。

変えるべきものを変える勇気を,そして,変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えて下さい。」

つまり,

・変えられないこと→静かに受け入れる

・変えるべきこと→勇気をもって変える

・変えるべきこと,変えられないこと→賢く見分ける

ということです。

 

蒙驁は純粋な「武の求道者」ではなく,わかることとわからないことを区別する賢さを有し,わからないことはわからないまま受け入れる力を持つ現実主義の「武人官僚」。

結果的に,連合軍総帥・信陵君を討つという最善の成果は得られませんでしたが,連合軍の函谷関侵入を防ぐという次善の成果は十分に得られた。

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<独白自省する蒙驁〜漫画アクション2020/7/21号「達人伝」より〜>

 

一方の信陵君。

まさに,あと一寸(3センチ)深く斬り込むことができれば,蒙驁を討ち,その混乱に乗じて函谷関突入を果たすことができたかもしれない。

激しい後悔の念を引きずるも,少年・邦(のちの劉邦)や春申君に促され,「天よ 大地よ 天下万民よ」「今ここに 秦都・咸陽への攻撃開始を宣告する!」と即座に対応。

こちらも,函谷関突入という最善の目的は果たせなかったものの,孟嘗君以来,数十年ぶりに函谷関に押し寄せ,天下に檄を発するという次善の目的は十分に達成しました。

 

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<秦都攻撃を宣告する信陵君〜漫画アクション2020/7/21号「達人伝」より〜>

 

武人官僚・蒙驁と中原の英雄・信陵君。

二人の対決は,それぞれの「器」を浮き彫りにする形で終結しました。

勝敗さだかならぬ結果をいかに受け止めるか?

あなたは蒙驁タイプでしょうか,それとも信陵君タイプでしょうか?

達人伝第162話「宣告〜政の正論

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<蒙驁と信陵君の激突を見守る秦の王子・政漫画アクション2020/7/21号「達人伝」より〜>

 

第162話では,秦の王子・政(のちの始皇帝)の怜悧な正論が際立ちます。

 

まず,蒙驁と信陵君の対決を城門の上から見下ろし,「閉門が早すぎた」「もう少し遅らせて 敵の百ぐらいを引き込んでおれば 信陵君って奴や前の方にいたのを全部この中で嬲り殺せたのにな」と発言。

たしかに,そのとおりかもしれないと思える理屈の通った正論です。

 

さらに,秦王の崩御を秘する検討を進める呂不韋に対し,「崩御を秘する?」「王が死んだのなら ただちに即位だ 今すぐ文武諸官を集めろ!」と宣告。

これまた,筋の通った反論しがたい正論です。

 

ただ,たしかに政の主張は一見正論ですが,閉門に関しては,戦場の機微を知る蒙驁などに言わせれば机上の空論で,先鋒を侵入させれば後続を断ち切って閉門することなどできず,全軍の侵入を許してしまうのが現実かもしれません。

即位に関しても, 呂不韋の危惧するとおり,5年の間に3人の王が死ぬ混乱下,秦に帰国して日の浅い13歳の太子が即位するのは時期尚早,というのがまず妥当な判断でしょう。

 

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<呂不韋に即位を宣告する秦の王子・政〜漫画アクション2020/7/21号「達人伝」より〜>

 

しかし,政は正論で強引にぶった斬る。

ここに,史上初の中華統一を果たす始皇帝の思想の萌芽が垣間見えます。

出口治明さん(ライフネット生命創業者,現在は立命館アジア太平洋大学学長)が,「要するに中国とは何か?」という問いに対して,なるほど納得の見解を示されています。

「中国はものすごく広いし,異質な人間がたくさんいます。だから始皇帝は,手綱を緩めたらみんな好き勝手なことをするに決まっていると考えて,エリート官僚を使い,文書行政による中央集権国家を作ったんですね。

今の中国も同じです。中央がすべてを仕切り,地方に官僚を送って文書行政で統一的に支配する。変わったのは,政府の建前が共産主義になったというだけです。」

 

 「問い続ける力」P91,92(石川善樹著,ちくま新書)より引用 

 

多種多様な連中が,好き勝手自由に行動することなど,認めない。

そのために,理屈に基づいた正論をルール化し,画一的・効率的な支配体制を確立する。

 

中国ほどではないにせよ,日本も文書行政をベースとした官僚の影響力が大きい中央集権国家といえるでしょう。

では,このような中央集権体制,官僚制の是非はどうなのでしょうか?

 

そのヒントを,先日の東京都知事選で考えさせられました。

過去25年間の歴代都知事を振り返ると,青島幸男氏,石原慎太郎氏,猪瀬直樹氏,舛添要一氏,小池百合子氏と,いずれも個性的な面々。

多くの方は,地方行政上の実績があったわけではなく,知名度が高かったため,期待値の高さゆえ選ばれたといえるでしょう。

 

さらに,「歴代都知事がリーダーシップを発揮し,その人でなければ実現できなかったであろう業績を1つ挙げよ」と都民100人に聞いたら,何人がいくつ具体的に答えられるでしょう。

おそらく,就退任時のドタバタ劇を記憶しているくらいで,多くの人は具体的な実績など答えられないのではないでしょうか。

 

つまり,誤解を恐れずにいえば,歴代都知事は余人をもって替えがたい人々の記憶に残るような圧倒的な業績は残しておらず,それでも都政は混乱することなく安定的に運営されてきた。

極論すれば,だれが都知事を務めようと大差はない。

トップが誰であろうと,やるべきことを着実に遂行する東京都庁という官僚組織の優秀さ,安定性を物語っており,これは中央集権体制,官僚制のメリットといえます。

 

一方,デメリットもこの安定性と表裏一体。

最大多数の経済性・合理性が最優先され,少数派や弱者に対する配慮の欠落,言い換えれば多様性に対する寛容さの欠如は,よほどのことがない限り粛々と継続されます。

 

しかし,2000年以上前に始皇帝が確立した中央集権体制が,様々な綻びを呈しながらも,今なお一定の有効性を保っている事実には驚かされます。

達人伝第162話「宣告まとめ〜 

3つの宣告が放たれ,物語は加速していきます。

信陵君率いる連合軍の函谷関攻めは,どう展開するのか?

政は秦王に即位して,奔放な権力を振い始めるのか?

趙姫はいかにして呂不韋を逃れさせないのか?

今後の展開に乞うご期待です!

 

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