達人伝(王欣太)第159話「函谷関警護部隊」感想
【目次】
- 達人伝あらすじ
- 達人伝とキングダム
- 達人伝第159話「函谷関警護部隊」〜あらすじ〜
- 達人伝第159話「函谷関警護部隊」〜セクシー隊長麃公〜
- 達人伝第159話「函谷関警護部隊」〜底辺の職場・函谷関〜
- 達人伝第159話「函谷関警護部隊」〜王翦,桓齮,楊端和〜
- 達人伝第159話「函谷関警護部隊」〜まとめ〜
達人伝あらすじ
中国の春秋戦国時代。
天下統一を目指す秦に故国を滅ぼされ,親友を殺された荘丹(そうたん)は,秦の野望を砕くことを決意。
志をともにする仲間2人と出会った荘丹は,戦国四君(斉の孟嘗君,趙の平原君,魏の信陵君,楚の春申君)の助けを得ながら,秦に対抗する力を蓄えていく。
2代続く王の死に揺れる秦に対し,魏の信陵君を盟主に,五国連合軍が結成。
荘丹たちは,少年・邦(バン)=のちの劉邦とともに決戦の地へ繰り出す!
ひとことでまとめるなら
冷徹で安定した体制の樹立を図る「紳士」(=公権力を持つ人々)と
その阻止を図る「流氓」(りゅうぼう=さすらい歩く人々)
の戦いの物語。
作者は,従来の三国志観にパラダイムシフトを起こした伝説的名作「蒼天航路」の王欣太(キングゴンタ)先生。
蒼天航路の魅力について100倍くらい書きたいことはありますが(笑),胃もたれしない程度にまとめた感想がこちら。
作者の王欣太先生とは,20年くらいずっと会いたい!と願っており,2019年に実現。
気難しくて,怖そうな先生かと勝手に想像していたら,気さくでサービス精神あふれる,気のいいおっちゃんでした(笑)
でもやっぱり超一流のクリエイター!と尊敬できる素晴らしい方。
ちなみに,「王欣太」は中国人ぽい名前ですが,「蒼天航路」に取り組んだとき中国人になりきって描くぞ!と勢いでつけたペンネームだそうで,ばりばり,コテコテの関西人です(笑)
達人伝とキングダム
「達人伝」は,「キングダム」(原泰久先生・集英社)とほぼ同じ時代。
(正確にはキングダムの数十年前)
キングダムは,主人公の信が秦王・政とともに天下統一を目指し,成長・活躍していく王道の物語で,アニメ版・実写版が映画化されている人気作品です。
キングダムは,最新の連載誌までひととおり読んでおり,物語の展開も迫力ある画力も素晴らしい作品と思いますが,個人的には「蒼天航路」以来,王欣太先生の大ファン。
キングダムとほぼ同じ春秋戦国時代を描きながら
・史実に残らない流氓(りゅうぼう)が歴史を動かす斬新な視点
・権力や支配体制にあらがい,自由を追求して連帯する精神
・史実を押さえつつ,予想を遥かに超える解釈と描写
・水墨画調はじめ,自由闊達でのびやかな画風
・命を超えて受け継がれる熱い「侠」の魂
などの点において
「達人伝」は「知性と感性を圧倒的に刺激する大人向けの作品」です。
もちろん,人それぞれ好みの違いはあり,誤解のないよう補足しておくと,キングダムが子ども向けというわけでは,決してありません(笑)
ある意味で,描き尽くされた「王道路線の歴史もの」のレッドオーシャンで,おもしろく描いて多くの人に受け入れられることは,難事中の難事であり,正義であり,素晴らしい。
私自身,純粋に楽しむエンターテインメント作品という意味で,キングダムはめちゃくちゃおもしろいと思います。
とはいえ,総合的にはキングダムより断然「達人伝」推しなんですけどね(笑)
キングダムを読んだり,観たりしたことがある方は,「達人伝」と「キングダム」の共通点や違いを比較する観点から楽しむのも,おもしろいと思います!
【達人伝公式サイト】
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達人伝第159話「函谷関警護部隊」〜あらすじ〜
「出動しろ?」「俺もか?」と女性3人を侍らせながら話すのは,秦の要衝である函谷関(かんこくかん)警護部隊の隊長・麃公(ひょうこう)。
「遠征軍の撤退が 激しい追撃を受け続けたまま 函谷関に向かっておりますゆえ」「なにとぞ」と,副官の王翦(おうせん)は答えます。
麃公「敵の数は?」
王翦「10数万の追尾が確認されております」
麃公「ほー10数万?」「大将はあの信陵君だったな」
王翦「中原の軍勢が函谷関に攻め寄せてくるのは 孟嘗君以来でしょうか」
麃公「同じく戦国四君 何10年かぶりの椿事か」「だが最期のあがきというのは案外厄介なもんでな」「俺の函谷関に押し入らせるわけにはいかん」「大儀だが久びさに暴れるか 王翦」
王翦「はい」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
撤退する秦軍総帥・蒙驁(もうごう)と,追撃する連合軍の項燕(こうえん),龐煖(ほうけん )。
秦の王子・政(のちの始皇帝)を抱きかかえているにもかかわらず,蒙驁は2人の攻撃をまったく寄せつけません。追撃を押さえ込まれたまま秦の関所・函谷関が迫り,あせる春申君。
そこへ,ホーと叫びながら「蒙驁将軍!」「函谷関の主(ぬし)麃公!入関の援助に参った!」と麃公が現れます。
項燕に斬りつけ,春申君の馬を両断する麃公。
しかし,春申君は「かまうな!蒙驁を追えい!」と指示します。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
函谷関で待機する部下たちに王翦はいいます。
「よいか!遠征軍の入関が最優先だ!閉門は麃公隊長もしくは副官の私が命じる!」
「桓齮 楊端和」
「この戦いを千載一遇の機としろ」
「底辺であるこの函谷関の職を脱し 栄達の道を拓く機だ」
「しかもさらに欲深く 信陵君と春申君 ふたつの破格の首を狙う機もなくはないのだ」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
麃公による項燕,龐煖への攻撃により,連合軍の追撃は止められます。
秦軍が函谷関へ逃げ込み,やや入関が滞り始めたところで,王翦は「楊端和!桓齮!両隊出撃!!」と命じます。
麃公「ほ〜出撃か そろそろ入関も仕上げだな」「おおっ 桓齮!楊端和!はりきって首を上げてこいよ!」
楊端和「合点承知」
桓齮「破格の首 破格の首」「どこだ破格の首はーっ!」
2人が連合軍に襲いかかり始めるところで,第159話は終わります。
【前回の話】
前回の話が気になる方はこちらからどうぞ!
達人伝第159話「函谷関警護部隊」〜セクシー隊長麃公〜
前回158話までは,蔡要や盗跖が死ぬウェットな展開でしたが,冒頭から目がさめるような個性的なキャラクターが登場しました。
函谷関警護部隊隊長の麃公(ひょうこう)。
副官の王翦が報告に来たときは,女性3人とお楽しみの最中でした。
このイケメンぶりとモテっぷりは,まるでドンファンですね〜うらやましい(笑)
しかし,戦るときは戦る。
「俺の函谷関に押し入らせるわけにはいかん」
と手首をぷらんぷらんさせながら,離れようとしない女性たちから立ち上がります。
この「手首のぷらんぷらん運動」はなんなんだろう?と思ったのですが,麃公なりの戦に向けた準備体操でしょうか?(笑)
お酒も飲んじゃってるし,お香もプンプン焚きまくって,麃公さんかなりおくつろぎの様子ですが,これおそらく私邸ではなく,宿舎(官舎)ではないかと。
親類の警察官に聞いた話ですが,警察の管理職は緊急時にすぐ駆けつけられるよう,署のすぐ近くの官舎に住まなくてはいけない。
同様に,函谷関の警護部隊隊長である麃公も,函谷関の官舎で暮らしていると推察されます。
麃公は,あじけない官舎ぐらし様々な工夫をこらして快適にしており(笑),この暮らしを維持するため,「俺の函谷関に押し入らせるわけにはいかん!」と立ち上がったのでしょう。
ところで,この「麃公」という名前は不思議です。
おそらく「公」は名前でなく,「曹公(曹操の敬称)」「徳川家康公」「忠犬ハチ公」(ちょっとちがう?)のように,尊敬すべき対象への敬称ではないでしょうか?
そして,「麃」という字を白川静先生の字通で調べたところ,ヒョウ、ホウという音を持つ形声文字で,「麃麃(ひょうひょう)」は武勇のさまを表すとのこと。
つまり,麃公は身分のいやしい出身とか蛮族の出身で,漢字圏におけるちゃんとした名前はおそらくない(劉邦の「邦」も「あんちゃん」「アニキ」くらいの意味)。
しかし,秦の天下統一に向けてれっきとした戦績を残したので(魏を攻めて首を斬ること3万),史書に残すにあたって何か名前をつけなければならない。
ただ強いだけであれば,「武公」と名づける線もありですが,それだと「武の極み」といった感じがして,さすがにはばかられる。(ちなみに,三国志の曹操のおくり名は「武帝」)
じゃあ,どうしようと考えたとき,彼の強さの質が麃麃(=勇ましいさま,猛々しいさま,身軽なさま,盛んなさま)だったので,「麃公」としたのではないでしょうか?
なるほど,勇ましく,猛々しく,身軽で,(女性関係がw)盛んなイメージは,達人伝・麃公とピッタリですね!
さらに,「麃」という字はヒョウ,ホウという音を持つことから,ゴンタ先生はホーホー叫びながら飄々(ひょうひょう)と戦うキャラクターにしたのではないかと思われます。
おもしろい!
ちなみに,同じく春秋戦国時代を描いた漫画「キングダム」(原泰久先生)に描かれる麃公は,戦が大好きなギザギザ歯の本能型の武将。
どちらの麃公も,ズバ抜けて強い点は共通しますが,容姿やセクシーさがぜんぜん異なるので,比較して読むのもおもしろいですね!
<函谷関警護部隊 隊長 麃公〜漫画アクション2020/5/19号「達人伝」より〜>
達人伝第159話「函谷関警護部隊」〜底辺の職場・函谷関〜
函谷関警備隊副官の王翦が「底辺であるこの函谷関の職を脱し 栄達の道を拓く機だ」といったシーンが,最初ピンときませんでした。
函谷関といえば秦の喉元にあたる要衝であり,ここを抜かれれば首都に危機が迫ります。
なぜ,そのような重要な場所が「底辺の職」なのでしょうか?
ヒントは,冒頭の麃公と王翦の会話にありました。
函谷関は,ここ何十年間,他国から侵攻を受けていないのです。
数十年もの間,秦は他国への攻勢を続けているため,優秀な将兵は前線へ送られる。
敵が来ることのないヒマな函谷関に配備されるのは,扱いにくいクセ者たち。
前線で手柄を立てれば立身出世できますが,敵が来ない函谷関ではその機会すらない。
だから,這い上がるチャンスのない「底辺の職」と王翦は表現したのでしょう。
現代社会にたとえれば,数十年ぶりの大事件が会社を襲い,地味な職場で鬱屈を抱えるクセ者サラリーマンたちが危機を救うチャンスを与えられた!といったところでしょうか。
ちなみに,函谷関は「箱根八里」という歌で「箱根の山は天下の嶮 函谷関もものならず」と歌われており,函谷関は両側に切り立った崖が続く険しい地形の代名詞だったようです。
函谷関より西を関中,以東を中原。
これより数十年後,劉邦は秦を攻めるにあたって守りが堅いこの函谷関を避け,南の武漢から入って首都・咸陽を落としています。
中国史好きにとって,函谷関は「鶏鳴狗盗」など故事成語や歴史ドラマを彷彿とさせる名所であり,いつか訪れてみたい場所のひとつです。
<(上)函谷関の関所 (下)函谷関へ至る崖が切り立った道〜漫画アクション2020/5/19号「達人伝」より〜>
達人伝第159話「函谷関警護部隊」〜王翦,桓齮,楊端和〜
副官・王翦は,判断力にすぐれた冷静沈着な野心家に見えます。
些末な事件であれば独力でさっさと処理するところ,数十万人の連合軍が押し寄せる事態の重大さを考慮し,麃公隊長の出動を要請。
基本的に自分で考えて処理するけど,重要案件はきっちり上司に報告・連絡・相談するさまは,サラリーマンの鏡ですね〜(笑)
桓齮と楊端和は手柄に飢えていて,お行儀は良くなさそうです(笑)
気にくわない上官の命令に従わなかったり,日頃の素行に問題があったのかもしれません。
しかし,そんなクセのある部下の扱いも心得ているのが,デキる男・王翦。
「千載一遇の機としろ」「栄達の道を拓く機だ」「破格の首を狙う機もなくはないのだ」
とあおり,秦軍の入関が滞り始めたタイミングで餓狼のような2人を解き放ちます。
ちなみに,桓齮も楊端和も騎乗せず,歩兵なんですね。
函谷関は堅固な城塞を盾にした守備が基本なので,騎馬は隊長の麃公くらいなのでしょう。
また,鎧のタイプの違いが各人のキャラクターを物語っていて興味深いです。
総帥・蒙驁は,さすがに一番立派で重い堅固そうな鎧。
麃公隊長は,胸から上部分がサスペンダーのようなタイプで防御より動きやすさを重視。
獅子の顔をかたどった右肩当ては,実用性よりオシャレ目的のような気がします(笑)
桓齮と楊端和も,麃公隊長と同じタイプで肩当てがなく,桓齮は左側しかサスペンダーがなく動きの自由度が高そうです。
王翦は,首周りまでしっかり覆われている兵士たちと同じタイプ。
基本を外さず,兵士たちと同じ鎧にすることで心をつかむ狙いもあるのかもしれません。
サラリーマン社会でも,優秀とされる人材はオーソドックスでスキのない服装。
一方,型にはまらない個性的な人材は,派手な格好でPRするのと似ているかも(笑)
キングダムでは,王翦は覆面の鎧をつけた腹の読めない野心家,桓齮は盗賊出身の冷酷なサイコパス,楊端和は山の民の女王という設定なので,比較するとおもしろいですね!
<桓齮と楊端和に呼びかける王翦〜漫画アクション2020/5/19号「達人伝」より〜>
達人伝第159話「函谷関警護部隊」〜まとめ〜
破格の首を狙う桓齮と楊端和,それを指揮する王翦。閉門時の戦闘を支援する蒙驁。麃公隊長の出番は終わり?
項燕,龐煖,春申君,信陵君,荘丹たちが続々函谷関へ迫っており,秦の王子・政が戻って見学したいとか言い出しており,またまた混乱がありそう。
次回に乞うご期待です!
【第160話「終わりの始まり」の感想】
続く第160話「終わりの始まり」の感想はこちら。
「ミスター KYOKON」として中国史上に名を残す,嫪毐(ろうあい)の登場です!
【達人伝に興味を持った方】
最初からじっくり読みたい方は,こちらからどうぞ!
【あわせて読みたい】
達人伝の魅力をこまかく,マニアックに語り始めるとキリがありませんが(笑),はじめての方でもわかるようポイントを整理した記事がこちらです!
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