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【王欣太作「達人伝」レビュー】春秋戦国時代を「紳士」「流氓」の観点で切り取った物語

「紳士(しんし)」と「流氓(りゅうぼう)」を知っていますか? 

「紳士」は,よく「あの人は紳士だな」と上品で礼儀正しい「ジェントルマン」の意味で使われます。

「流氓」は「流亡」と書くのが一般的と思いますが,ここではあえて「流氓」と書き,「紳士」と照らし合わせると,以下のような意味を持ちます。

 

・「紳士」:公権力を持つ,上流社会の人 (例)政治家,官僚

・「流氓」:定住地を持たず,さすらい歩く人 (例)商売人,アーティスト

 

歴史は「紳士」とともに,歴史に記されない「流氓」が形成するもの。

たとえば明治維新など,西郷隆盛大久保利通などの紳士が幕府を覆し,坂本龍馬などの流氓がその底流を形作った,と見ることもできます。

坂本龍馬は大したことなかった説もあるようですが,それはさておき)

 

勝者が記す歴史に残らない裏舞台にスポットライトを当て,中華史上初の統一へ向かう混乱怒涛の時代に生きる紳士と流氓の物語,それが「達人伝」です。

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【目次】

【「達人伝」とは?】

従来の三国志のイメージを一変させた「蒼天航路」(1994〜2005年連載)の作者・王欣太(キングゴンタ)先生が,2013年から連載している作品。

蒼天航路は,私的には「ビフォー蒼天航路,アフター蒼天航路」。

つまり,この作品を機に,日本の三国志世界にパラダイムシフトが起きたのではないか?と思うほどの衝撃作です。 

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ちなみに,「王欣太」は中国人ぽい名前ですが,根っからの大阪人(笑)

蒼天航路の連載を始めるにあたり,気合いを入れるため「王」と名乗り,また大阪弁でわんぱくないたずらっこを意味する「ごんたくれ」なやっちゃなーとよく呼ばれていたことから,「王欣太」と名付けたそうです。 

【「達人伝」あらすじ】

舞台は,紀元前の中国・春秋戦国時代。 

荘子の孫・荘丹(そうたん)は小国に住む兵士だが,ある日,強国・秦の手引きで侵攻してきた隣国・斉により,王と親友を殺される。

自身も殺されそうになるが,「9年の間に秦に対抗できる達人たちを集める!」と大ボラを吹き,その意気やよしと命を救われる。

 

荘丹は、達人たちを探す旅に出かけ,出会った二人の仲間とともに「丹の三侠(あかしのさんきょう)」と呼ばれ,戦国四君孟嘗君,平原君,信陵君,春申君)や天下の大泥棒・盗跖(とうせき)などと出会い,活躍していく。

【「達人伝」の魅力その1】

2019年9月現在,24巻まで刊行されており,特に前半では秦の将軍・白起(はくき)の存在を語らないわけにはいきません。

生涯に落とした城の数は70を超え,殺害した敵兵はおよそ100万人。

100万人ですよ!

 

ヒトラーポルポトも数百万人の人々を虐殺しましたが,彼らは直接指揮をとったわけではありません。

白起は将軍として自ら軍の指揮をとり,13万人を斬首したり,2万人を黄河に沈めたり,40万人を生き埋めにしました。

古今東西の歴史を見ても,個人の名前を冠する戦いで,これほど多くの人間を殺した人物はいないでしょう。

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         <泣く子も黙る最強,最恐,最凶将軍の白起>

 

そして,この白起,達人伝中ナンバーワンのイケメンなのです。

以前,欣太先生は,漫画好きの芸妓さんに「ゴンタはんの漫画にはイケメンが登場しはりませんなあ」と言われたそうです(笑)

欣太先生としては,「蒼天航路」の曹操周瑜をイケメンに描いていたつもりだったけれど,あれはイケメンではないと。

それで,「いつか文句なしのイケメンを描いてやる!」と思っていたそうです。

 

ふつう,これほどの虐殺実績を見ると,およそ人間とは思えない,とんでもなく凶暴な悪魔か魔王のような顔に描きそうなものです。

しかし,美形の整ったイケメンに描くことで,とうてい理解できない,理解したくもないような「怪物・白起」ではなく,「人間・白起」の理解へのハードルがグッと下がりました。

 

現代風にいえば,白起が「サイコパス」であることは間違いなさそうですが,彼の獲得した理(ことわり),つまり白起がいかに育ち,戦い,悩み,生きていくか,最強・最恐・最凶の最期に哀しさを禁じえません。

【「達人伝」の魅力その2】

他にも魅力的な人物が続々登場します。

 

たとえば,呂不韋(りょふい)。

「奇貨居くべし」の言葉を残し,商人から秦の宰相にまで登りつめた傑物です。

 

秦の昭王が亡くなり,その子の孝文王が王位を継ぐも,3日後に死亡。

ついに,趙国の人質時代から「奇貨」として保護してきた王子がいきなり荘襄王となり,呂不韋は宰相の座に就きます。

商人としてきわめて有能ながら,藺相如との出会いを通じて自身の欲望の奥底と向き合い,一介の商人を超えて変貌していく様は,人間の器や欲望の深さを考えさせられます。

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            < 商人から秦の宰相に登りつめた呂不韋>

 

たとえば,朱姫(しゅき)。

呂不韋の子をひそかに宿しながら,呂不韋が「奇貨」として投資する王子に嫁がされ,そのお腹の子が後の始皇帝となる女性です。

朱姫は,いったいどのような想いで嫁いだのでしょう?

呂不韋に対する恨み,わが子に対する愛おしさ,王子に対する憎しみなど想像するに余りあり,いろいろ意味で史上最凶といえる懐妊は怖いですね〜

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                     <始皇帝の母・朱姫>

 

たとえば,盗跖(とうせき)。

伝説の大盗と呼ばれ,達人伝前半で白起と並んでひときわ輝く存在です。

「流氓」の代表であり,虎狼の国・秦を穿つべく立ち上がりますが,そこに立ちはだかるのは最強・白起。

 その勝負の結果や,いかに!?

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              <伝説の大盗賊・盗跖>

【「達人伝」まとめ】

同じ春秋戦国時代を描く漫画といえば,原泰久先生の「キングダム」が有名です。

「キングダム」は,主人公・信や秦王・政が天下統一に向けて困難を乗り越えて突き進むストーリーであり,「物語の型」としての新鮮さはありません。
私は「キングダム」も好きなのですが,「達人伝」の卓抜さは,冒頭に述べた「紳士」と「流氓」の観点から,表裏双方の観点からこの時代を切り取ったという点です。

 

って,偉そうに書いていますが,「紳士」と「流氓」の話はぜーんぶ,作者の王欣太先生自身が書いたり,語ったりしていることなんですけどね(笑)

「紳士」と「流氓」の分類はなかなか興味深くて,「この人は紳士80%,流氓20%だな!」とか分析してみるのもおもしろいです。

なーんて話も,ゴンタ先生がコミック表紙の見返しコラムに書いている内容なんですけどね(笑)

 

コミック本編のみならず,巻頭・巻末コラムもおもしろいので,ぜひ!

 

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