「健康で文化的な最高限度の生活」を求めて

ウェルビーイング・クエスター(心と体の幸せ探求者)きくっちの日記

サザンカンフォート〜南の追憶〜

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出会いと別れのこの季節、蘇る記憶があります。

今から18年ほど前、社会人駆け出しの私は、新聞社の文化事業部で企画・運営を行っていました。

土日は文化事業の本番、平日はその準備という忙しい日々。

その合間を縫って、やれ飲み会だ、やれ合コンだと遊び倒していました。

しかし、心が満たされない。

 

飲み会や合コンが終わると、私は一人別れを告げて終電に乗り、学生時代を過ごした京都へ。

クラブへ行き、むせ返るような熱気と喧騒の中、飲み、踊り、興じる。

そうして2、3時間過ごしてから、学生時代から通っている馴染みのバーへ。

 

オールバックに横長の眼鏡、ちょび髭、蝶ネクタイ、ベストという装いがよく似合う一見ぶっきらぼうなマスターが、静かに出迎えてくれます。

いつもカウンターの端に控えめに座る私から話すことはあまりなく、マスターから話しかけてくることもほとんどなし。 

 

代わりに、アルバイトの気のいいスタッフが、タイミングよく話しかけてくれました。

特にマリさんは、とても大学生とは思えない、シャム猫のような悠々凛然のたたずまい。細やかな気づかいと絶妙な距離感を持つ、人気の女性スタッフでした。

お客さんから口説かれたり、「そんなツンツンした態度じゃ客商売に向かないぞ!」とからかわれたりしても、超然とした態度を貫き、私の方を向き「うるさくてごめんなさいね」と気づかう余裕すら見せていました。

 

「マスター、この子の教育はどうなってるんだ!」と客が文句を言っても、マスターも心得たもので、「これがこの子の良さ。教えて身につくものじゃない貴重な資質ですよ。お客さんもそこが好きなんでしょ?」と、笑って取り合いませんでした。

 

行き場をなくした客が、「君は彼女とどういう関係だ?」とからんできて、そこから社会人とはかくあるべしというご高説や、自慢話にもならない与太話をよく聞かされたものです。

私は時々苦笑しながら、じっと黙って話を聞いていました。

 

ある時から、ぱったりとマリさんの姿を見かけなくなりました。妊娠して辞めたとのこと。

シャム猫のように毅然として、決して誰にも媚びないあの子が、突然、誰かを好きになり、子を産むのか。しかもまだ大学生なのに、と衝撃でした。

マスターも「しょうがないね」と言いながら、落ち込んでいる様子でした。

後任のアルバイトスタッフは、いかにも今どきの大学生で、これといった特徴もなく、気のせいか客足も落ちている気がしました。

 

それから数ヶ月が過ぎ、私は疲れ切っていました。

その日も終電で京都へ向かった私は、クラブへ行く元気もなく、木屋町を流れる高瀬川のほとりで桜を眺めていました。

夜桜でも撮ろうとカメラを持ってきたものの、全く思うように撮れない。

 

大きな障害にぶつかっているわけではないが、川を流れる桜の花びらのように、流れに身を任せているだけ。

別に自分じゃなくても、仕事なんか回って行くだろう。

日々に倦んだ。飽いた。疲れた。もう、どうでもいい。

 

無意識にバーへ向かい、いつものカウンターの端席に座り、いつものように黙って飲んでいると、珍しくマスターが話しかけてきました。 

ぶしつけですが、あなたは自分の長所に気づいていますか、と。

「こんな僕の長所ですか?」と自嘲気味に聞き返すと、

 

「人の話を聞く力。初対面の酔っ払いでも、親しい友人でも、途中で口を挟まず、最後までじっと耳を傾ける。しらふの時も、酔っている時も、楽しそうな時も、寂しそうな時も、変わらない。20年以上この仕事をしているが、その若さであなたほどの人は見たことがない。マリさんもそう言って、信頼していましたよ」

 

そして、ぜひ飲んで欲しいと、マスターが最も愛するサザンカンフォートのロックが出てきました。

ジャズの発祥地・ニューオーリンズ生まれのフルーツリキュールで、正規輸入ではない特別ルートで仕入れた逸品。

「マスターがお世辞とは珍しいですね。でも、ありがとうございます」と言いながら、サザンカンフォートの甘く優しいハーブの香りとともに、満たされた思いをじっと噛みしめました。

 

数ヶ月後、バーでイベントが開催されました。私が知る限り、そのような企画は初めて。

その名も、サタデーナイトフィーバー。思い切ってテーブル席の椅子とテーブルを撤去し、壁に大型スクリーンを映し出してダンスフロアと化す1夜限りのイベント。

マスターの肝煎り企画だったので、私は友人を誘って行ったものの、閑散とした様子。ダンスフロアでは、マスター1人が軽快なステップで踊るのみ。

ミラーボールの照明が映し出すその背中は、いつもの静かなイメージを覆す躍動感と楽しさに溢れ、同時に一抹の孤高の寂しさを伴っていました。

 

それからほどなくバーを訪れると、 マスターが変わっていました。売上減のため大阪の店へ異動になったとのこと。てっきり個人経営と思っていましたが、企業経営のバーだったのです。

私は茫然とし、ダンスフロアで1人踊るマスターの後ろ姿を思い出しました。

あれが、マスターの最後の打上げ花火だったのか。

 

以来、京都のあのバーには行っていません。

いつかまた、訪れる日もあるかもしれません。

あの2人が、変わらぬ笑顔で出迎えてくれそうな気がします。

その時はぜひ、サザンカンフォートを。