「好きなようにさせてください」

のらりーパーソン〜きくっちの日記〜

【衝撃!フランス人はケンカしたら二度と仲直りしない!】「人生の十か条」ブックレビュー

こんにちは。
のら猫のように生きるサラリーパーソン,「のらりーパーソン」きくっちです。

 

辻仁成さんの「人生の十か条」を読みました。

 

筆者の辻さんは1959年生まれ。

すばる文学賞芥川賞を受賞し,女優の中山美穂さんと結婚。

1児が生まれた後に離婚して,現在は子どもを育てながらフランスで暮らしています。

 

心が軽やかになり,励まされる,読みやすい本だな。

と,さらさら読み進んでいたのですが,衝撃の一文に突き当たりました。

 

「フランス人は一度許さないと思ったら,そこで終わります」

「一度こじれると仲直りというのは皆無なのです。縁が切れることになり,復縁はほぼありません」

 

いったい,どういうことでしょうか?

 

【あわないものを無理にあわせないフランス人】

日本人であれば,一時の感情が高ぶってケンカしたり絶交しても,その後なんとか仲直りしようと努力します。

「和をもって貴しとなす」が日本の文化です。

 

ところが,フランス人はそうしない。

意見が合わず,議論をしても平行線をたどり,衝突してケンカした人とは二度と仲直りしない。

 

あわないものを無理やりあわせようとすると,自分が破綻するか,衝突が生じる。

つまり,ストレスが生じる。

そんなストレスは人生に無用と考えて,フランス人はケンカした人と絶対に仲直りしないそうです。

 

私はそこまで徹底できませんが,感覚的には理解できます。

 

【ケンカするほど仲が良い?】

日本では,「ケンカするほど仲が良い」と言いますが,本当でしょうか?

あなたは実際にそうなった経験がありますか?

私は,ケンカすることで前より仲が良くなったことは,ほとんど思い出せません。

 

ここで少し考えたいのは,「ケンカ」と「議論」の違いです。

私は,「議論」は大いにありですが,「ケンカ」はできる限り避けたい。

 

私が思うに,議論とはお互いの人格を尊重することを前提として,アサーティブに意見を交わすもの。

どんなに激しくぶつかりあい,わかりあえなかったとしても,まあたいした問題ではない。

 

議論とは,お互いの根本的な価値観に関わる重要なテーマについて,何が何でも相手に認めさせる性質のものではありません。

 

しかし,ケンカとは,お互いの譲れない大切なもの,自分の全存在を賭けて自分の意見を相手に認めさせ,勝ち負けをハッキリさせようとする行為。

 

したがって,相手の人格を信頼・尊重するアサーティブなケンカなどあるわけなく(笑),いわば全力で殴り合う「戦争」です。

 

感情むき出しで,全力で相手を否定するケンカをしておいて,後日コロリと態度を変えて「仲良くやろうぜ!」なんて,意味がわかりません。

昔のガキ大将のケンカじゃあるまいし(笑),人間として節操がなく,信頼が置けません。

 

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【愛情の反対は無関心】

「愛情の反対は憎悪でなく無関心」といいます。

根本的に相手とあわない!とわかったら,無理にあわせようとして憎むのではなく,スッと離れればいいのです。

 

一方で,離れたくても離れられないから,ストレスを抱えている場合も多いでしょう。

しかし,その相手,本当に離れられないでしょうか?

 

たとえば,職場の上司・同僚,ご近所さん,パートナーとあわない場合。

今すぐ離れることは難しいかもしれないけど,異動,退職,転職,引越し,絶交,別居,離婚など,中長期的に離れる方法はいろいろ考えられます。

 

無理にあわせることで莫大なストレスを抱え続け,心身を痛めつけるくらいなら,パッと離れた方がよいと思います。

 

【フランスではいじめがない】

本書では、「フランス人はストレスを抱えないプロフェッショナル」「フランスではいじめがない」ことが紹介されています。

 

多様性に寛容なお国柄もあるのでしょうが,大人を見習って,子どもも無理に他人にあわせて余分なストレスを抱えないため,ストレス発散のためのいじめが存在しないのではないでしょうか。

 

【まとめ】

フランス最高!と手放しで絶賛するわけではありませんが,ケンカしたら二度と仲直りせず余計なストレスを回避するフランス人の考え方は,私たち日本人にとって衝撃ではないでしょうか。

 

著者の辻さんは,合理的でドライな考え方のフランス人にはなりきれないとしつつも,フランス的エッセンスをふんだんに取り込んだ人生の処方箋を紹介しています。

 

日々のストレスに悩んでいるあなた。

目からウロコが落ち,心が軽くなるヒントが見つかるかもしれませんよ(^^)

 

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【モノに心はある?】長年親しんできたテレビが壊れた日

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こんにちは。
のら猫のように生きるサラリーパーソン,「のらりーパーソン」きくっちです。

 

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大学入学時,冷蔵庫や洗濯機と一緒にテレビを買いました。

当時のテレビは,奥行きが50センチくらいあるブラウン管。

今ではすっかり見なくなったビデオテープを録画・再生できる一体型のテレビです。

 

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テレビでは,様々なモノを観ました。

受験勉強から解放された大学入学当初は,毎日34時間くらいトレンディドラマ。

友人と酒を飲みながら,アダルトなビデオも観ました(笑)

 

映画にハマり,レンタルビデオ123本観て具合が悪くなったこともあります。

社会人になってからも,テレビ見ながら,ひとり晩ご飯を食べることが多い日々。

 

テレビは,私のそばに空気のように常に存在しました

 

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ある日,ひとり暮らしが終わりを迎えました。

彼女と同棲を始め,結婚したのです。

 

結婚式を終えて間もないある日,テレビが壊れました。

ザーザーと砂嵐状態になり,何も映らなくなったのです。

 

4度の引越しを乗り越え,13年間何事もなく動いてきたテレビが,映らない。

そうか,君も疲れたのか。

これまで,いろいろなものを観させてもらって,ありがとう。

 

++++++++++++++++++++

 

その時ふと,ある考えが浮かびました。

 

私がテレビを観てきたつもりだったけど,テレビが私を見守ってきたのではないか?

うれしいとき,怒ったとき,悲しいとき。

家族や親しい友人以上に,テレビは私のことを見守っきてくれたのではないか?

 

そして,いつも危うげだった私がようやく結婚し,幸せそうな姿を見届けて,「もう,大丈夫」「そろそろ,お役目終了だな」と壊れてしまったのではないか?

 

そんな気がして,鳥肌が立ち,涙があふれてきました。

テレビを抱きしめるとあたたかく,ザーザーの砂嵐が一瞬だけ回復しました。

 

++++++++++++++++++++

 

ただの偶然,ただの思いこみ。物に心などあるわけない。

そんな見方もあるでしょう。

 

「外的偶然,内的必然」という言葉があります。

表面的には偶然に起きた事象でも,よくよく事情を探ってみるとそれが起きたのは必然だったというもの。

 

「モノに心がある」と考えるのは不自然で非合理的な考えかもしれませんが,そう考えた方が,自身にとっても物にとってもあたたかで幸せな場合があると思います。

 

 

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【我は本能寺にあり!】知られざる織田信長と本能寺の秘密

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こんにちは。
のら猫のように生きるサラリーパーソン,「のらりーパーソン」きくっちです。


先日,京都の本能寺へ行ってきました。

この辺りかなと探していたら,ホテル本能寺?

本能寺ホテル?はて,そんな映画があったような……

 

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さて,こちらが本物の本能寺。

 

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本能寺の変」と言えば,明智光秀織田信長にクーデターを起こした戦国史上もっとも有名な事件。

日本史はまあまあ知っているつもりでしたが,本能寺を訪ねることで様々な発見がありました。

 

【目次】

  

【①信長ってこんな顔!?】

本能寺には信長の肖像画が展示されています。

あれ,むかし教科書で見たのとぜんぜんちがう!?

 

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< 館内は撮影禁止につきパンフレットの写真を撮影>

 

信長は本能寺に泊まったので,そこに代々伝わる肖像画と言われると,「こっちが本物!?」と,なんか説得力ありますよね。

 

信長といえば「鬼」「暴君」のイメージですが,教科書も本能寺の肖像画も「意外とやさしそう」「あっさり系」という点では共通してますが(笑)

 

【②本能寺のノウがおかしい】

下の写真をよくご覧ください。

本能寺の「能」の字のつくりが,カタカナの「ヒ」ふたつでなく,「去」みたいな漢字です。

 

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これは歴史上,本能寺が様々な事件に巻き込まれ5度の火災に遭ったため,あえてこのような字にしたとのこと。

 

「もう火(ヒ)はイヤだ!」

「本能寺の能の字には『ヒ(火)』が2つも含まれているじゃないか!」

「ヒ(火)よ,去れ!」

 

という理由で,写真のような漢字になったそうです。へーへー。

 

【③本能寺は日蓮宗のお寺だった】

信長は長島一向一揆を虐殺したり,比叡山延暦寺を焼き討ちしたり,仏教の中でも浄土真宗天台宗は大嫌いなはず。

 

では,どこの宗派のお寺を宿泊所にしたのだろう?と思ったら,日蓮宗のお寺でした。

 

ちなみに,変の前日,信長は茶会を開催。

晩餐会の後,夜10時頃から本能寺と寂光寺のお坊さんの囲碁対決を観戦。 

その頃,光秀の軍勢がヒタヒタと京を目指して押し寄せていたわけです。

 

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<登録有形文化財の本堂>

 

【④信長が自刃した本能寺はここではない】

じつは,信長が自刃して焼失した本能寺は,ここでありません。

当時の本能寺は南西にあり,本能寺の変の後,現在地に再建されたのです。

(当時の本能寺は石碑が立つのみ)

 

そういえば,加藤廣さんの歴史小説信長の棺」によると,信長が少ない警護兵とともに本能寺に宿泊したのは,万一の時に脱出できる秘密の地下通路を用意していたため。

 

実際,変の時も地下通路から逃げようとしたが,ひそかに裏切っていた秀吉によって途中でふさがれており,火事の熱気のため信長は通路内で窒息死。

 

小説では,秀吉が秘密の地下通路と自分の裏切りを隠すため,信長が死んだ秘密の地下通路上に現在の本能寺を再建させたとしており,もしかするとそれは真実かもしれません。

 

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<本能寺の織田信長公廟:信長の遺体は見つかっておらず,ここにはない>

 

<コラム:中国大返しの謎>

変の後,光秀は信長の首や遺体を必死で探したものの見つからず。

たとえ火事で焼けようと,狭いお寺の敷地内から遺体自体が消えることは,ふつう考えられません。

 

そのため,「首がない?」「本当に信長は死んだのか?」と疑った諸将が光秀に味方するのをためらっているうちに,毛利氏と対戦中だった秀吉が引き返してきます(中国大返し)。

 

本能寺の変62日早朝。

秀吉は23日には変を知ったとされ(早い!),数日で毛利との講和をまとめ(速い!),6日頃には備中高松常(岡山)を出発,同13日に山崎(京都)着。

 

200キロの道のりを8日間で踏破。125キロ。

 

現代の感覚でも,「毎日25キロを8日間歩け!」と言われたら,相当しんどい。

しかも,何千何万の軍勢が1020キロの鎧を身につけ,飯を食べ,用を足し,野宿しながらの移動なので,行軍のロジスティックス(段取り)がめちゃくちゃ大変。

 

とにかく,このときの秀吉は万事段取りが良くて,行動が速すぎ。

これが,「秀吉は光秀と共謀して謀反を起こした」と推測される根拠です。

 

【⑤信長がお茶を愛した真の理由】

信長がお茶を愛した理由として,「荒くれ者の部下に教養ある立ち居振る舞いを教えるため」「当時は茶器が高値で取引されており,自分の力を天下に誇示して部下に恩賞として与えるため」など言われますが,興味深い説が示されていました。

 

それは,「信長は下戸でお酒が飲めなかったため,社交の手段としてお茶を流行らせた」というもの。

 

交流,おもてなし,ねぎらいの社交場としてお酒は必要だが,お酒が飲めない信長はまったくおもしろくない。

周りは酔っ払って盛り上がっているのに,天下統一を目指す信長がお酒をぜんぜん飲めないのは,格好がつかない。

 

そこでノンアルコールのお茶会を開いた,というわけです。なるほど!

 

【まとめ】

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「人間(じんかん)五十年 下天の内を比べれば 夢幻(ゆめまぼろし)の如くなり 一度(ひとたび)生を享け(うけ) 滅せぬもののあるべきか」

 

桶狭間の戦い前,信長が唄ったとされる敦盛の一節。

 

現在の本能寺は,変の後に再建されたものとはいえ,「つわものたちの夢の跡」を偲ばせる雰囲気を十分に持っています。

 

大寶殿の拝観料は500円,他は無料。

30分もあれば見られるので,信長好き,歴史好きの人にはイチオシスポットです。

 

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【SHOWROOM前田裕二さんオススメ】最強ビジネスモデル=スナックへ突撃してみた話

こんにちは。
のら猫のように生きるサラリーパーソン,「のらりーパーソン」きくっちです。

 

さて,あなたはスナックへ行ったことがありますか?

 

おそらく,50代以上の世代はカラオケより身近な存在だったり。

3040代は,上司や先輩に連れられて何回か行ったことはある。

1020代は,なじみがないのではないでしょうか?

 

さらにいうと,スナックへ行ったことがある女性は,けっこうレアではないでしょうか。

 

かくいう私も,むかし連れて行ってもらったくらいで,自ら行くことはなく,何年間も足が遠のいていました。

 

しかし,ライブ配信アプリSHOWROOMの社長・前田裕二さんが「SHOWROOMのモデルはスナック!」とイチオシしているのを知り,興味が急上昇。

 

ちょうど,知り合いの社長が誘ってくれたので,「久しぶりに体験できる!」と喜び勇んで行ってきました(笑)

 

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 【目次】

 

【スナックの特徴① 数が多い】

スナックは日本全国で7万店ほど。

コンビニは約5万店なので,コンビニより多いのです。

 

スナックは,繁華街の雑居ビルや路地裏にひっそり生息するイメージですが,私が行った京都のスナックは,辺り一帯スナック街。

 

いい年のオッサンになっても,みだらであやしげな雰囲気に気後れするのは私だけ?(笑)

 

【スナックの特徴② 店が狭い】

基本,カウンター席だけ。

せいぜい数席のテーブル席しか置かないスナックが多く,手狭です。

 

私が行ったスナックも,テーブル席はなくカウンター10席のみ。

トイレに立つ時は,座っている人が席を寄せてスペースを作らないと通れない狭さでした。

 

この空間的な狭さにより,客とママ,さらに客同士の距離も縮まり,独特の共感やコミュニティが形成されるのです。

 

【スナックの特徴③ 基本ママひとり】

お手伝いスタッフがいる店もあるでしょうが,基本的にママひとり。

この②と③が,家賃と人件費の固定的経費を最低限に抑え,長期経営を可能にするビジネスモデルのポイントです。

 

ママは,海千山千の人生経験を感じさせる聞き上手が多い印象(なかには,守ってあげたい天然タイプの人もいますが)。

 

どこかしら,影を感じさせる雰囲気は,触れてはならないアンタッチャブル

過去の苦労話を聞いてしまったら,沼にはまり込み抜けられなくなる気がするのは私だけ?(笑)

 

【スナックの特徴④ メニューが少ない】

基本,ナッツ類などの乾き物や,ママお得意の付き出ししかメニューはありません。

お酒も,バーのような豊富な品揃えはなく,限られた中から選ぶしかありません。

 

メニューの限定により,飲食物の管理・廃棄リスクを下げ,ママの負担を軽減。

ママがスナックで提供すべきは,「飲食物」ではなく「会話」なのです。

 

【スナックの特徴⑤ お酒は焼酎,ウィスキーが基本】

客に強いお酒を出して,酔いつぶれても迷惑。

常連客になってもらうため,ボトルキープできる焼酎やウィスキーがメインです。

 

ビールや日本酒もあるものの,ママが作る「うすーい焼酎の水割り」を注文するのが鉄則。

間違っても,メニューにないめんどくさいカクテルや酎ハイを注文してはいけません(笑)

 

うすーい水割りなら酔っ払う心配もないし,ボトルに残ったお酒を飲みにまた来るという算段です。

 

【スナックの特徴⑥ 空気を読むカラオケ】

スナックとバーの大きな違いは,カラオケ。

スナックでは,誰かが歌いだすと,火がついたように我も我もと歌い始めます。

 

しかし,狭い店内で客全員が聞いているので,注意点があります。

歌がうまい人であれば,どんな曲でも「いい歌だなあ」と聞かせることができます。

しかし,ふつう以下の人は場の雰囲気を読み,みんなが楽しめる曲が望まれます。

 

たとえば,若いのに懐メロを歌ったり,男性と女性がデュエットを歌ったりすると,店内がおおっと一気に盛り上がります。

 

AKBなど,誰もが知っている流行り曲や替え歌もおもしろいので,オススメです。

しかし,「誰やねん,その曲!」とツッコまれるような,自分お気に入りのマニアックな選曲は場をしらけさせます。

 

知り合いの社長など「広がらん!」「おもろない!」と,途中で切ってしまいます(苦笑)

 

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【スナックの特徴⑦ 客同士が仲良くなる】

②~⑥の条件下に客を置くと,どんな化学反応が起きるでしょうか?

そう,ママとはもちろん,客同士が勝手に話し出して仲良くなるのです。

 

私が行ったスナックでも,となりのお客さんたちとあっという間に仲良くなりました。

まず,連れて行ってくれた社長が,横山やすしさん(漫才界の巨匠)に少しばかり似ている人を「やっさん,やっさん!」と連呼(笑)

 

すると,その人もメガネを外して「メガネ,メガネ!」「怒るで,しかし!」と,やっさんの鉄板ネタで返してくれ,大いに盛り上がりました。

 

ママはそこにいるだけで自然とコミュニティが形成され,客同士がある意味で共犯関係となって自走し始める,不思議な仕組みです。

 

【まとめ】

久しぶりのスナックは,思いのほか楽しめました。

連れて行ってくれた社長が,旺盛なサービス精神で盛り上げること,盛り上がること!

私はさっぱり貢献できず,力不足を反省しました……(苦笑)

 

ひとつ残念だったのが,タバコ。

今は吸わないので,周囲のタバコが気になって仕方ありませんでした。

禁煙のクリーンなスナックがあったらいいけど,そんなのスナックじゃないか(笑)

 

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【阪神淡路大震災から24年】ふたつの震災がつないだ絆

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こんにちは。
のら猫のように生きるサラリーパーソン,「のらりーパーソン」きくっちです。

 

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1995117日,阪神淡路大震災が発災。

当時,私は宮城で暮らしており,ニュースや新聞報道に心を痛めていましたが,関西とは縁がなく,どこか少し遠い出来事のように感じていました。

 

しかし,翌1996年,縁あって京都に住むようになりました。

そして,関西の多くの人たちから,「グランドピアノが50センチ跳ねた」「圧死が怖くて1階ではもう眠れない」など震災がいかに怖かったか,大変だったかという話を聞きました。

 

特に,兵庫のKくんは当時の状況を切々と語り,人生観が変わったという話は心に深く刻み込まれました。

 

また,「多くの人が気を遣って意外と話題に取り上げないのに,関心を持って聞いてくれてありがとう」「共感してもらうだけでありがたい」「阪神淡路大震災をいつまでも忘れないでほしい」との話も印象に残りました。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

時は移り,2010年。

東京で働いていた私は,Kくんと路上でばったり再会。

Kくんはたまたま東京へ来ていたとの話で,久しぶりの再会を驚き,喜び,お互いの近況を報告しあいました。

 

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2011311日,東日本大震災が発災。

宮城へ戻った私は震災復興業務に従事していましたが,なんとそこへKくんがやってきたのです。

 

「飛行機に積めへんから」「なかなか遠かったわ」と笑いながら,たくさんの人が復興を祈念して折った千羽鶴を模造紙に貼り,車で持って来てくれました。

道路も十分復旧していない中,遠路はるばる来てくれた彼の想いに心の底から感動。

千羽鶴は,職場にお願いして会議室に飾らせてもらいました。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

2019117日で阪神淡路大震災から24年。

激甚な被害をもたらした阪神淡路大震災東日本大震災ですが,Kくんとは不思議な絆で結ばれていると感じます。

 

いまKくんは,某市長として獅子奮迅の日々を送っています。

どんなに多忙な日々であっても,1.17を忘れず,3.11も忘れないことでしょう。

 

私も忘れません。

そして,いつかきっと,Kくんから受けた恩は返すつもりです。

 

【リアル「万引き家族」の衝撃】小学生のわが子と万引きした母親

こんにちは。
のら猫のように生きるサラリーパーソン,「のらりーパーソン」きくっちです。

 

2019115日,小学生の子どもに万引を手伝わせた女性(無職)の初公判が仙台地裁でありました。

 

宮城県の量販店で,ポケモンのフィギュアなど計120点(計15万円相当)を盗んだ窃盗罪。

母親が弁当を万引きする姿を子どもに目撃されてから,親子で万引きするようになったとのこと。

 

子どもの供述調書によれば,「店内で欲しい物があると頼んだら,母親に『もらっていこうか』と言われた」。

万引きの手口は,子どもが店内のトイレに商品を持ち込み、買物バッグに入れて持ち帰り。

 

どこかで聞いたことのある話です。

そう,2018年に上映された是枝裕和監督の「万引き家族」。

 

鑑賞後,やりきれない切ない気持ちになりましたが,まさか同じ事件が現実に起きていたとは衝撃です。

 

女性は病気のため仕事ができず,子どもの欲しい物を買う余裕がなかったとのこと。

120点という多さを考えると,「つい,出来心でやりました」で済まされる話ではなく,「子どもを巻き込んだ」という事実が重くのしかかります。

 

母親は,「(子どもの成長に)悪影響でしかなかった」と謝罪しているとのこと。

なぜ,こんなことになってしまったのでしょうか。

 

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【道徳意識】

「どんなに貧しくても盗みはいけない!」「母親の道徳意識が低すぎる!」と責めることは簡単です。が,私にはできません。

 

もちろん,万引きがいけないことは百も承知で,社会の最低限のルールです。

しかし,そういった規範意識を越えて罪を犯さざるをえなかった「より大きな要因」があったのではないでしょうか。

 

【環境要因①】

客観的には,「女性が病気のため仕事ができず,経済的に余裕がなかったこと」が最大の要因と考えられます。

 

弁当を万引きしたとのことなので,食事に事欠くほど困窮していた可能性や,女性がシングルマザーだったり,生活保護を受けていた可能性も考えられます。

 

ただ,経済的に苦しい家庭はたくさんあります。

経済的な理由は非常に大きいものの,親子で万引きするところまで追い込まれた決定的な理由は,それ以外のところにあるように思います。

 

【環境要因②】

あくまで推測ですが,親子が社会的に孤立していた可能性はないでしょうか。

 

親戚,友人,知人,支援組織が母親に寄り添ってサポートしたり,楽しく遊べる仲の良い友達が子どもにいたりしたら,違ったのではないかと。

 

120点は尋常でない数ですが,1点あたりの平均料金は15万円÷120点=1,250円。

子ども用フィギュアばかりでなく,母親のモノが含まれるとしても,著しく高いとはいえません。

 

もし,親子ともに孤立していなければ。

もし,率直に話し合える,支えてくれる良き友人,知人がいれば。

 

貸したり,譲ったり,安く手に入れる方法を教えてくれたり,オモチャなしで楽しく遊べたのではないか。

あるいは,周囲のあたたかい善意の目があれば,万引きを思いとどまったのではないか。

 

そんな気がするのです。

 

【まとめ】

万引きはれっきとした犯罪であり,許されるものでありません。

検察側は懲役2年,弁護側は執行猶予付きを求刑し,123日に判決予定。

 

たしかに,子どもに万引きをさせるとんでもない母親かもしれませんが,それでも親は親。

子どもの生活,心理的影響なども考えると,母子を引き離すことになる実刑判決が出たらどうなるのだろうと,子どもの将来が心配されます。

 

なんともいえない切なさ,苦々しさが残る事件です。

 

【変わるもの,変わらないもの】20年ぶりの心のふるさと京都

こんにちは。
のら猫のように生きるサラリーパーソン,「のらりーパーソン」きくっちです。

 

先日,約20年ぶりに京都へ行きました。

京都の大学を卒業後,野暮用でさらっと寄ることはあったものの,観光メインで訪れたのは久しぶりでした。

 

【変わったもの①】

観光客,特に外国人がめちゃくちゃ増えました。

私がいた1999年頃は,外国人の姿はほとんど見かけませんでした。

 

就活で悩み,閑散とした清水寺へ自転車でふらりと行ったのが懐かしい記憶ですが,今はものすごい人混みでエラいことになっていて,驚きました。

 

土地の広さに対して明らかに観光客が多く,生活人口の多い東京とは異なる「観光都市・京都」の実態を痛感しました。

 

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 <人混みでエラいことになっている清水寺>

 

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 <人混みでエラいことになっている清水坂

 

【変わったもの②】

全体的にホテルが増え,よく飲みに行っていた木屋町の繁華街も大学のキャンパスも,すっかり様変わりしました。 

20年の間に客層も経営者も変わり,観光都市として街並みが淘汰〜変化したのだと実感しました。

 

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<自分が通っていた頃,大学にこんな建物はなかった……>

 

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<高瀬川も小綺麗になった>

 

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<昔は鴨川にトビなどいなかった。動物界にも変化の波が!?>

 

【変わらないもの①

京都御所先斗町,そして木屋町の一部のお店は健在で安心しました。

特に、個人的に気に入っていた居酒屋「台所てんや」が今も同じ場所にあって,「20年間,変わらず頑張ってきたんだ!」となんだかうれしくなりました。

 

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<京都御所は変わらぬ静けさ>

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<先斗町も静かな佇まいは変わらず①>

 

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<先斗町も静かな佇まいは変わらず②>

 

【変わらないもの②

京都時代の友人は,だいたいみんな変わりありませんでした。

多少,横に大きくなったり(笑),頭が白くなったり,さみしくなったりした人もいますが,自分も含めて20年も経てばそんなものです^^

 

【まとめ】 

あと,懐かしかったのは,京都弁(関西弁)の心地よい響き。

「◯◯しはる」とか,言葉の雰囲気が全体に柔らかいんですね。

特に,女性の京都弁は最高です(笑)

 

心のふるさと京都,またゆっくり行きたいです^^

 

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