「好きなようにさせてください」

のらりーパーソン〜きくっちの日記〜

【逝去,通夜,葬式までの2日間】父の死に際して

7月6日(土),父が永眠しました。

享年71歳。最終的な死因は敗血症。

心臓手術後、集中治療室に入って52日。

 

家族が夜中に呼び出されたり,もう限界かという危機を何度も乗り越え,人工透析ができなくなれば通常5日程度しかもたないところ10日も持ちこたえ,医師や看護師も驚いていました。

苦しそうな様子はなく,安らかな表情でした。

【目次】

【最期の瞬間は間に合わず】

7月6日(土),朝6時10分に病院から電話があり,6時50分に病院に駆けつけたときは人工呼吸器は動いていましたが,既に心臓は停止している状態でした。

前日夜7時に見舞った時は,血圧が低く脈拍も速いながら安定しており,それから12時間も経たないうちに亡くなるとは思いませんでした。

いわゆる「死相」の予感はありませんでした。

 

ただ,今にして思えば,漠然とした予感はありました。

ここ2ヶ月間近く,私は仕事後に見舞いに行き,遅くに帰宅する日々が続いていました。

疲労がたまってきており,その日はまっすぐ帰宅しようかと考えていました。

2週間前に尿路結石のため夜中に救急車で病院へ運ばれたこともあり,翌日見舞いに行けばいいかなと思ったのです。

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しかし,夕方になると,やはり行った方がよい気がしてきて,病院へ向かいました。

病院では,いつものように手足をマッサージしたり,その日の出来事を話しかけたりした後に,エルビス・プレスリーの「Can't help falling in love(好きにならずにいられない)」をスマホで聞かせてあげました。

 

父が「葬式の時に流してくれ」と話していた曲です。

生前に流すのはどうかとも思いましたが,「それくらい好きな曲なら,生きている間にもきっと聴きたいだろう」と2回,耳元で流しました。 

父は,じっと目を開けたまま,聞き入っているように見えました。

 

そして,人工呼吸器をつけ鎮静剤が効いており,全身どこも動かせないはずなのに,首と頭を少し持ち上げるような仕草を見せたのです。

もしかしたら,「わかった。そろそろか!」と旅立ちを促してしまったのかもしれません。

 そして,生前の父と対面したのは,この時の私が最後となりました。

 

翌朝,家族が駆けつけるのも待たず,ひとりでさっさと旅立ったのは,「見切り千両!」「オタオタするな!」が口癖だった父らしいといえるかもしれません。

「平日の日中では,仕事をしている子どもたちの迷惑になる」

「夜遅い時間でも疲れるだろう」

「危篤状態から息を引き取るまで時間がかかっても大変だろう」

そんな,父らしい気づかいもあったような気がします。

【病理解剖】

午前7時3分,医師立ち会いのもと,死亡診断が確定。

病気の原因はなんだったのか,今後の医療に役立たせるため病理解剖をしてよいかと打診があり,「父ならきっと快諾するだろう」と了承しました。

葬儀会社に連絡を取り,解剖終了後,遺体を引き取りに来てもらうことに。

 

解剖は9時開始,10時30分終了。

解剖結果から推察される現時点の病因・死因として,心臓手術→肺炎→血行障害→腸管の壁が薄くなる→腸内細菌が血中に流出→菌血症,敗血症→死亡,との説明を受けました。

2,3ヶ月後,細胞レベルの検査結果に基づく説明を聞くことができるそうです。

【病院から葬儀会社へ】

解剖後,遺体を綺麗に整えて安置室へ。

11時30分,安置室であらためて対面したとき,急に涙があふれて嗚咽が止まらなくなりました。

死の直後はまだぬくもりがあり,実感が湧かなかったのですが,冷たく青ざめた父を見るに及び,「死」という冷厳な事実を目の前に突きつけられたのです。

お世話になった医師,看護師の皆さんに泣きながらお礼を言い,母と妹は父を乗せた霊柩車に乗り,私はひとり車で葬儀会社へ向かいました。

【通夜】

生前,父は「身近な家族だけで静かに見送ること」と話しており,手紙も残していました。

その遺志に従い,私の母,妹,祖母など父から見て2親等以内の親族11人による家族葬を執り行うことにしました。

 

葬儀会社の方は,段取りよく説明を行いながら,人情味とユーモアをたたえた方で,ふっと救われる気分になりました。

 

「棺は紙製の高いものもありますが,装飾が多いと内部が狭くなります。もっともリーズナブルな木製のものが,シンプルでゆったりしてよいのではないでしょうか?」

「かつて神道では,死はけがれという考えでしたが,そんなことはありません!愛する肉親が祟ることなどあると思いますか?したがって,お清めの塩なども必要ありません!」

「アットホームな雰囲気の家族葬ですし,葬儀後の飾り場所に困るような値段も高い遺影の準備は不要です!家族と一緒に写っているスナップ写真を賑やかにたくさん飾ってあげましょう!」

「形式でなく,故人をお送りする心こそ大切です。お子さんの喪服などなくても,気にすることはありません。赤でもピンクでもいいんです!」

といった調子です。

 

また,納棺師の方に整えていただき,父は見違えるように立派に綺麗になりました。

祖母と母は「長谷川一夫みたいに立派!」と言いましたが,祖母と母以外は「誰それ?」とわかりません(笑)

スマホでググってようやく,「ああ,たしかに似ているかも!」と,次第に落ち着きを取り戻し,和んできました。

 

担架から棺へ家族みんなで遺体を移し,隣接する和室で夕食を取ることに。

夕食後,「死者をひとり置いて帰るのはよくない。一晩,誰か付き添ったほうがいい」と,母と妹たちは遺体に付き添って葬儀会社に泊まることにし,私や子ども,祖母たちはいったん帰宅して翌日の葬儀に臨むことにしました。

 

通夜というと仰々しく堅苦しいイメージがありましたが,拍子抜けするほど自然体でなごやかな通夜となりました。

特に,5歳から11歳まで4人の子供たち(父から見た孫たち)が明るい雰囲気を提供してくれ,しめっぽいことが嫌いな父もきっと喜んでいたと思います。

【葬式】

翌日12時,葬儀会社に集合し,棺にお花やお気に入りの服を入れてお別れをしました。

もちろん,父の遺言どおり,プレスリーの「Can't help falling in love」をかけながら。

12時半,葬儀会社を出発し,13時,斎場(火葬場)到着。

最後のお別れをして火葬炉へ送り,1時間半ほど待つ間に斎場内で昼食を取りました。

 

14時半,骨となった父と対面すると,また涙があふれて止まらなくなりました。

つい1時間半前まで存在した父の体が,骨になってしまった。

つい40時間前まで息をして,体温を持ち,触ることのできた父の体が,骨と化してしまった。

家族は皆もう涙も枯れたのか,お骨を前にしても嘆き悲しむ様子はあまりありませんでしたが,ひとり私は今さらながら,厳粛な事実を前に愕然としたのです。

 

そして,全身のお骨を集めて骨壷に入れると,人間ひとりの骨はけっこうな量とずっしりとした重さになることに驚きました。

海が大好きだった父は「お骨の一部は海に帰してほしい」と語っていたので,叶えてあげるつもりです。

 

午後1時〜3時までの2時間で,火葬の一切が終了。

これまで葬式というと,多くの関係者が弔問する厳かで堅苦しいイメージしかありませんでした。

しかし,ごく身近な家族のみで送るアットホームで素朴な家族葬は気持ちがこもって良いものだ,私自身もこのような形で見送ってほしい,と思いました。

 

ちなみに,通夜から葬式までの諸費用は税込約30万円。

葬儀費用の相場はよくわかりませんが,全国平均で100万,200万円くらいかかるような話も聞きます。

私としては十分納得,満足のいく内容だったので決して高くはない,と感じています。

菊葬会館という会社で,先代の社長さんが父と大学時代の同級生だった縁があるそうです。

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【帰宅】

午後4時,父のお骨とともに帰宅しました。

父が帰宅するのは,じつに2ヶ月ぶり。

「まさか,このような姿で帰宅することになるとは」と,再び涙が溢れて止まりません。

 

しかし,間違いなく一番つらいのは,父と45年間連れ添ってきた母(68)です。

ぽっかりあいた心の穴は容易に埋まらないかもしれませんが,この先嘆き悲しむだけの人生を送ることなど,父が望んでいるはずはありません。

 

残された者,生きている者は,死ぬときに「楽しかった!いい人生だった!」と満足して旅立てるよう,悔いのない日々を生きること。

それこそが父の願いであり,そのような人生を歩んでいきたいと思います。

 

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<Photo by Kikutti>

【話せる幸せ】話せないこと,話せなくなるということ

【父の状態】

父が心臓手術(僧帽弁置換術)をしてICU(集中治療室)に入り,45日目を迎えました。

 

人工呼吸器をつけていて話すことができず,常時,鎮静剤を使用しているので全身を動かすことができず,目は見えているのかどうか反応はにぶく,かろうじて耳は聞こえているのではないか,という状態です。

今日も病院で医師の説明を聞いてきて,これまで何度か厳しい状態を乗り越えてきましたが,今回はさらに非常に厳しい状態を迎えています。

 

原因は特定できないが,消化器官のどこからか出血しているためか,血小板の減少が著しく,脳や臓器が出血したら止まらなくなる危険性が高い。

そのため,2日に1回はしなければならない人工透析がもう4日も実施できておらず,老廃物が体内に溜まっている。

 

また,人工呼吸器をつけているが,呼吸が次第に浅くなってきたため炭酸ガスが体内に溜まってきており,いま人工呼吸器を外せる状態ではとてもないが,長期間使用を続けることで肺が硬化,劣化して機能しなくなる。

炎症反応の数値も高く,通常7〜10回程度で効果を見極めて終了する血小板輸血の8回目を実施したが,残念ながら血小板は減少してしまった。

 

まさに八方ふさがりというか,3週間ほど前,病状が悪化して夜中に病院に呼ばれた時は根拠なく「なんとかなるのではないか?」と思っていた私も,今回は本当に厳しい状態と感じています。

前回は新月の時に重篤な状態となったので,今回もなんとなく数日後の新月あたりが正念場になるのではないか,というような予感がしています。

 

もちろん,医師は全力を尽くしてくれており,私たち家族も毎日見舞いに行って励ましの言葉をかけたり,手足のマッサージをしたり,ビバルディやサラ・ブライトマン,クイーンなど父のお気に入りの音楽を流したり,できる限りのことをしています。

 

子どもたちが励ましの絵や手紙を書いてくれたので,それを病室に飾ったり,寝ている父の目の前にかざして見せたり,子どもたちと一緒に家族4人でブルーハーツの「トレイン トレイン」を歌った動画をタブレットで見せて聴かせたり,様々な形で励ましのメッセージを伝えています。

【話せないということ】

手術から3日後,肺炎のため呼吸機能が急激に低下して人工呼吸器をつけて以来,父はもう6週間も話すことができていません。

小学生の娘が「はい」「いいえ」の大きなカードを紙で作ってくれましたが,鎮静剤のためか見えているのか見えていないのか,瞳を左右に動かして意思表示することもできません。

 

どこが痛い,苦しい,暑い,寒い,だるい,かゆいといった負の感情を訴えることができません。

反対に,楽だ,快適だ,大丈夫,がんばる,うれしい,ありがとうといった正の感情を伝えることもできません。

 

父は延命治療は拒否すると意思表示しており,もしかしたら「これは,治る見込みがないのに実施している延命治療じゃないのか?だったら,おれの意思と違うじゃないか!」と誤解して怒っているのではないか?

父の心中は,うかがい知ることができません。

 

ただ,話しかけるとたまに目を見開いたり,パチリとまばたきしてうなづくような仕草や,眉間やおでこにシワを寄せて苦しそうな表情を見せることもあります。

いろいろ話しかけていると,すーっと涙を流すこともあります。

【もし急に話せなくなったら?】

ある日突然,話せなくなったらどう感じるでしょうか?

私たちは,言語が通じない外国人と話すだけで,とてつもないストレスを感じます。

外国人相手であれば,身振り手振りで意思疎通を図ることもできますが,病気や事故のため寝たきり状態になって話せなくなったら,そのような方法も困難でしょう。

 

「まさか,こんなことになるとは!」という戸惑いから始まり,やがて怒り,あきらめといった感情へ転じていくのではないでしょうか。

【話せるという幸せ】

私たちは,話すというコミュニケーション行為を当たり前のように行っていますが,これはとても幸せなことなのかもしれません。

そういえば以前,ある離島へ行った際,一人暮らしのおばあさんに話しかけられました。

数年前に病気でつれあいがなくなり,何がつらいといって話し相手がいないことがつらい,毎日テレビに向かって話しかけているんだ,と寂しそうに話していました。

 

話したくても,話せない。

話したくても,話し相手がいない。

 

ただ,生きているだけ,ただ話すことができるだけで,人は幸せを感じることができるのかもしれません。

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<Photo by Cristina Gottardi on Unsplash>

【まとめ】

父は,足の指先の一部が壊死してきており,今回の危機的な状況を乗り切って退院したとしても,入院前と同じような生活を送ることはおそらく難しいでしょう。

それでも,いい。

たとえ,体が不自由になろうが,どんな姿になろうが,「ただいま!」と家に帰って来て,「さて,ニューヨークへ行こうかな。入浴,入浴!」など,得意のオヤジギャグを炸裂させ,たわいもない話ができる日を願っています。

 

【あの激痛はもう勘弁!】尿路結石の再発防止法

先日,右背中に激痛が走り,生まれて初めて救急車を呼び病院で尿検査したところ,コロリと尿路結石が出て,治りました。

 

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レントゲン検査を行い,他の石は確認されないが,念のため専門医を受診したほうがいいと勧められ,後日,泌尿器科を受診してきました。

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【目次】

【尿路結石の正体】

オシッコとともに出た尿路結石を分析してもらったところ,成分の98%以上が「シュウ酸カルシウム」との結果でした。

尿路結石のなかでもおよそ8割を占めるそうで,拡大すると金平糖あるいは表面がギザギザの形のため,小さくても尿管に引っかかりやすく,排出されにくいのが特徴だそうです。

【なぜ尿路結石ができるのか?】

なぜ石ができるのかは,尿路感染,代謝異常,ホルモン,薬など,原因がはっきりしているものもありますが,約8割は原因不明とのこと。

ガーン,そ,そうなんですか!?

石が作られる過程は,尿中の結石成分(ミネラル)の濃度が何らかの原因で過飽和状態となって腎臓に結晶核が生じ,その結晶が成長,凝集して結石となるそうです。

「早ければ3週間ほどで石ができる」と医師は話していました。

私の場合,父,祖父,祖母の3人が尿路結石をやっているので,体質的に石ができやすいのかもしれません。

ガッカリ……

【尿路結石の実態】

日本人が生涯に尿路結石となる比率は,100人のうち約4人。

男女比は約2:1で男性に多く,30〜40歳代がピーク。

日本国内の調査では東海,近畿,中国,四国に多く,北海道,東北,関東,九州は低い傾向があるそうで,この差は飲料水の違いではないかと考えられているそうです。

再発率は5年間で約20%,20年間だとなんと約80%!

こりゃ,本気で再発防止に取り組まないと,またあの苦しみに襲われる可能性が相当高いと見なければなりません。

【再発防止のためには?】

水分をたっぷり摂る

1日2リットル以上の尿量を保つといいそうです。

毎日尿がどれだけ出ているかはわかりませんが,2リットル出すということは,2リットル以上の水分を摂った方がいいのでしょう。

アルコールは逆効果,特にビールはシュウ酸やプリン体が多量に含まれるので,良くないそうです。

ただ,水分はふだんからしっかり摂っているつもりなので(毎日500ml水筒を2本職場へ持参),あまり当てはまらないような気がします。

あるいは,私は汗かきなので,さらに意識して水分を多く取った方がいいのかな?

カルシウムをしっかり摂る

結石の原因となるシュウ酸は,カルシウムと結合するとシュウ酸カルシウムとなって腸から吸収されなくなり,尿中への排泄が抑制されます。

したがって,カルシウムをしっかり摂ることが大切であり,シュウ酸を多く含む食品を食べるときは,カルシウムを一緒に摂るといいそうです。

たとえば,ホウレン草とカツオ節,大根とちりめんじゃこ,タケノコとカツオ節,コーヒーや紅茶とミルク,チョコレートとミルクといった具合です。

これらの食べ合わせは,当たり前のようですが,健康を保つ意味があったんですね!

 

カルシウムや食べ合わせに関しては,じつは少し心当たりがあります。

最近,みそ汁に「煮干し」「カツオ節」を入れないようになっていたのです。

子供たちが煮干しやカツオ節入りのみそ汁をあまり好まないためやめていたのですが,これからは美味しくする工夫をして復活させます!(笑)

また,朝食時に食物繊維を補うため「青汁」を飲んでいたのですが,青汁はホウレン草的な青菜を凝縮したものなので,シュウ酸たっぷりであまり良くなかったのかもしれません。

夕食は早めに,食べすぎない

「結石は夜作られる」。

したがって,寝る直前にたくさん食べると,就寝中に結石ができる好条件が揃ってしまうので,夕食は早めに,かつあまりお腹いっぱい食べすぎないこと。

まあ,夕食は1日の食事のうち一番の楽しみで,おいしいものをたっぷり食べがち。

その楽しみを我慢するのはつらいので,腹8分目〜10分目にして12分目までは食べないこと(笑),そして寝る3時間くらい前までに食べわ終わることを心がけたいと思います。

最近,8時間睡眠を心がけていて22〜23時頃には寝るので,19〜20時頃には食べ終わる計算になります。

【まとめ】

水分を摂る,カルシウムを摂る,食べ合わせに気をつける,夕食はほどほどに,寝る直前に食べないなど,あらためて考えると「当たり前のこと」ばかりです。

しかし,現代ではこの「当たり前の食生活」ができていないため,尿路結石はじめ様々な病気を発症する温床になっているのではないか,と思います。

あの激痛に見舞われるのはもう勘弁なので(苦笑),少しずつ食生活を改善していきたいと思います!

【夜中に救急車で搬送】尿路結石でえらい目にあった話

結論からいうと,生まれて初めて救急車で搬送され,病院で尿路結石が痛みもなくコロリと出て治った話です(^_^;)

【目次】

【突如襲った激痛】

昨晩22時30分,トイレで用を足していたところ,右の背中にイヤな違和感をおぼえました。

腰痛など表層筋肉の違和感ではなく,内臓のどこかが締めつけられるような感覚。

さらに痛みが強くなる予感がして,「うわさの尿管結石か?」とリビングに戻ってパソコンで調べようとしましたが,イスに座っていられないほど痛みが強く,全身が震え始めました。

 

少し寒いかもしれないと思い,上着を取りに部屋へ行こうとしましたが,歩くのもおっくうなほど痛みが激化。

床で仰向けになったり,うつ伏せになったり,丸まってみたり,腰を伸ばすストレッチをしてみましたが,いっこうに良くなりません。

尿管結石なら水分を摂った方がいいだろうと,麦茶を1杯飲みました。

ガタガタと全身の震えもひどくなり,これはいよいよ「救急車を呼ばないといけないかもしれない」と,這うようにして部屋へ行き,財布やバッグの準備をしました。

 

準備をしたところで力尽き,「時間が経てば自然に治るかもしれない」との思いもまだあって,電気をつけたまま布団をかぶって寝てみました。

しかし,むしろ悪化。

これ以上悪化すると,歩くことも話すこともできなくなるかもしれない,尿路結石なら死ぬことはないだろうけど,他の重大な病気の可能性もあるかもしれない。

父が集中治療室に入院している今,自分まで倒れるわけにいかない!と思い,119番に電話することにしました。

 

すぐ来てと言われれば病院へ行き,もう少し様子を見たらと言われたら,なんとかもう少し我慢してみるつもりでした。

激痛の発生から30分が経過していました。

【119番通報】

119番に電話すると,救急か消防か,事故か病気か,そして氏名,住所,年齢,症状などを聞かれました。

全身のひどい震えのため,電話を持つ手と声をガタガタさせながらなんとか回答し,「救急車にすぐ来てもらった方がいいでしょうか?もう少し様子を見た方がいいでしょうか?」と聞くと,「もう向かってます。119番通報は,電話をもらった時点ですぐ現地へ向かいます」とのこと。

 

えっ,そうだったの?知らなかった!

でも,経験のない激痛であることは間違いないし,このまま我慢して大事に至ってはまずい,タクシーで移動中に悪化したら意識を保てるかもわからない不安もありました。

フラフラよろめきながら玄関を出たら,ちょうどサイレンを鳴らして救急車が到着したところでした。

救急車内で簡単な問診を受け,血圧や心拍数を測り,既往歴として1年前に肺炎で入院したことがあると伝えたところ,その病院に電話して受け入れてもらえることになりました。

【石が出た!】

少々気まずいことに,救急車で移動途中,痛みは次第に落ち着いてきました(苦笑)

病院到着時,ピーク時の痛みを10としたら3〜4くらいになっていましたが,依然として全身の震えは収まりません。

問診や腰のあたりをトントンと叩いて響かないか確認した後,採血検査と尿検査を行うことになりました。

 

車椅子でトイレに移動し,なんとか紙コップに尿を取ったところ,白い紙コップの中に黒い小さな塊を見つけました。

「服についていたゴミでも入ったかな?」と思いましたが,看護士さんに伝えたところ,「石が出たのかもしれませんね!」とのこと。

まったく痛みもなく,出た瞬間も見ていなかったため,「こんなことってあるんですか!?」と驚きましたが,詳しく確認してもらったところ,やはり尿路結石でした。

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<右が尿路結石。左は大きさ比較のためのレーズン>

 

その後,レントゲン写真も撮り,他の尿路結石の存在は認められない。

ただ,レントゲンに写らない石もあり,痛みが続いている場合はCT検査をする必要があるが,痛みも引いており,CT検査による被曝もあるので,今回は必要ないだろうとのこと。

念のため,週明けに泌尿器科を受診した方がいいでしょう,とのアドバイスを受けました。

医師と看護師に感謝し,会計を済ませ,病院到着から約1時間半後の24時半にタクシーで帰途につきました。

【まとめ】

えらい目にあいましたが,「尿路結石は出産に匹敵する苦しみ」「七転八倒する」といわれることを考えると,今回の痛みの強さ・時間はかなりマシだったような気もします。

特に,痛みの「時間」に関しては,発生から1,2時間ほどで落ち着きました。

痛みの「強さ」の表現は難しいのですが,あえて比較するなら,肺炎による41度の熱で苦しんだ時よりはマシだったように感じます。 

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ただ,当然ながら肺炎とは痛みの「質」が異なります。

たとえるなら,悪魔が背中越しに体内に手を突っ込み,内臓をギューと握り締めるような感覚はどうしようもなく,うーっと唸りながら床をゴロゴロのたうち回るほかありません。

 

男性の生涯罹患率は約15%,女性は約7%。

5年以内の再発率は約45%とのデータもあり,尿路結石の原因や再発防止策は,今後調べていきたいと思います。

 

【新月の危機を乗り越えて】感染症・肺炎の恐ろしさ

父(71)の体調がすこぶる良くありません。 

5月16日(木)に心臓手術(僧帽弁置換術等)を受け,3週間経つ6月8日(土)現在も,いまだ集中治療室を出られません。

肺機能,肝機能,腎機能の低下が重なり,人工呼吸器や心臓を動かす装置,肺の水を抜く装置はじめ,多くのカテーテルにつながれている状態です。

 

中でも恐ろしいのは,肺炎による呼吸機能の低下です。

レントゲン写真やCT写真を見せてもらったところ,手術前や数日前と比べて白い影の面積が増えており,肺機能の低下が察せられました。

激しい運動をしてバテてくると「アゴが上がる」と言いますが,父も少しでも多くの酸素を取り入れるため,下アゴを天井方向へ動かして喘ぎながら呼吸している状態です。

 

1年前,私も肺炎で入院したことがあり,独特の息苦しさ,40度の高熱,血痰が出る苦しさは理解できます。(父はもっともっと苦しいでしょうが)  

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心臓手術をした後,亡くなる患者の一定割合は感染症が原因だそうです。

なぜ感染症になるかというと,もともと体内にいた細菌が暴れ出したり,カテーテルなどを通じて体内に侵入するとのこと。

体力のある健康体であれば簡単に撃退できる細菌が,手術後の弱った状態だと簡単に侵入を許してしまうのです。

 

特に慢性腎不全の父の場合,14年間人工透析を続けてきて,心臓はじめ体全体が弱ってきており,3年前も肺炎で入院しました。

腎機能や心機能を補うため多くの薬を常用してきており,薬への耐性のある菌など3種類が検出されたそうで,通常であれば強い抗生物質を投与するところですが,腎機能が弱く薬の毒性物質を排泄できないため,バランスを見極めながら投与しているとのこと。

 

「ストレス侵襲」という言葉も,はじめて知りました。

長時間にわたる切開手術により生理的に激甚なストレスを受け,体力いわゆる免疫力が低下してしまうそうです。

だからこそ,患者の身体に負担をかけないよう短い時間での手術が必要ですが,父の場合,心臓弁の石灰化が想定以上に進行しており,石灰の除去はじめ計4つの手術を終えるのに9時間半ほどかかりました。

担当医師は全力で執刀してくれたと信頼しているので,責めることはできません。

 

医師や看護師の説明を聞くにつけ,身体は有機的,総合的につながっていると痛感します。

 

肺の状態が悪くて血圧も上がらないため,透析ができない,透析ができないと老廃物を排出できないためそれを分解する肝臓に負担がかかる,肝臓に負担がかかることで黄疸が出るという悪循環です。

では,血圧を上げる薬をバンバン投与すればいいかというと,血圧を上げる薬は血管を収縮させることで血圧を上げるため,手足の指先など末端の血管が細くなって十分な血流が行き渡らず,壊疽の危険があります(実際,黒く変色してきました)。

 

よって,肝臓に負担をかけない弱めの抗生物質を使って呼吸機能の回復→血圧が上がる→透析をする→老廃物を排泄する→肝機能が回復するという好循環を目指している状況です。

 

じつは,6月3日(月)夜9時に容態が急変したと病院から電話があり,慌てて駆けつけて医師の説明を聞いたときは,半ば覚悟を決めました。

父は限界を超えて激走したマラソンランナーのように,見たことがないほどひどくゼーゼー人工呼吸器越しの呼吸をしていました。

その日,急激に呼吸機能が低下したそうで,その変化があまりに急だったので,もしやと思って医師は連絡をくれたのでした。

母や妹は泣いており,私もいよいよかとも思いましたが,心のどこかで「まだだ!」という気がしていました。

 

その日は新月でした。

俗説かもしれませんが,「満月の時に生まれる子供が多い」という説があります。

満潮や干潮を引き起こす月の大きな重力によって子供が生まれやすい,というもの。

満月が「生」と縁があるとすれば,新月は「死」と関わりがあるかもしれません。

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<Photo by Pixabay>

 

しかし,その危機は乗り越えました。

いつ容態が急変するかわからず,まだまだ予断を許さない状況ですが,私はどうにもまだ父が死ぬ気がしないのです。

厳しい現実の受け入れを拒絶しているわけでもなく,希望を信じて前向きに楽観視しているわけでもありません。

自分自身に関してはほとんど抱くことのない「根拠のない自信」というやつです。

 

新月の日をピークとして,以降,横ばい〜やや改善してきており,少なくとも悪化していません。

医師も「チャンスはある」と語ってくれています。

毎日見舞いをして話しかけたり,手や足をさすったりすることくらいしかできませんが,父の回復を祈り,信じて,励ましを続けていきたいと思います。

 

【前回の記事】

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慢性腎不全のため人工透析している父が心臓の僧帽弁置換術等を受けて

父(71)の体調がすこぶる良くありません。 

父は37歳で慢性腎不全と診断。その後,食事療法を続けてきましたが,40代後半で人工透析することに。

50歳の時に父の母(私の祖母)から腎移植を受け,一時的に透析が不要となりましたが,57歳で移植した腎臓が拒絶反応を起こしたのか機能しなくなり,以後14年間,透析生活を送ってきました。

 

ここ数年間は,血圧は低いのに心拍数が高い状態が続いており,透析できなくなる恐れがあることから,心臓の僧帽弁置換術などを実施することになりました。

心臓の弁の石灰化が進んだことなどにより,その機能が3分の1〜4分の1程度に落ちているとのこと。 

 

5月16日(木),10時間近い心臓手術(僧帽弁置換術等4つ)を行い,無事成功。集中治療室で経過観察。

5月18日(土),見舞いに訪れると,声がくぐもってろれつが悪く,話し方が酔っ払いのように少々おかしいものの,氷が食べたいなどワガママぶりは健在で,まずまず元気な様子。

5月19日(日),夜9時に病院から電話があり,人工呼吸器と人口肺装置を装着することに。

5月21日(火),見舞いに訪れるも,鎮静剤が効いていて目覚めず。炎症反応あり。肺全体に白い影があるので肺炎のためと思われるが,じつは入院前から炎症反応は続いていたため,移植して機能しなくなった腎臓が影響を与えている可能性もあり,炎症反応の原因は特定できないとのこと。

両足の指先と右手の指先が黒く変色し始める。心臓の薬の副作用ではないかとのこと。

5月25日(土),見舞いに訪れるも,鎮静剤が効いていて目覚めず。顔色は良い。心臓を動かす機械,人工透析の機械,尿をとるカテーテルなど全身が管だらけ。

覚醒状態にある方が本人にとっては痛みを感じて辛く,眠っていた方が回復が早いとの説明。

5月27日(月),人口肺装置を外す。肺機能が回復してきたため。

5月29日(水) ,見舞いに訪れると,目を開いている状態だが,まだ鎮静剤が効いているようで意識がぼーっとしているのか,呼び掛けへの反応はほぼなし。ほとんどまばたきをせず,目の焦点は天井を見たまま。

むくんでいる左手をマッサージして話しかけるが,握り返すなどの反応はなし。

顔色がやや黄色く,黄疸が出ているとのこと。CT検査の結果,肺にまだ影があり,脳は異常なし。

透析患者が心臓手術を受けると,腸が腐敗して死に至るケースが何割かあるが,そのような状態にはなっていない。手足の指先が黒く変色しているのは,命に直結する人体の重要な臓器を守るため,血液が末端まで十分に行き渡っていないため。心拍数がやや高めになるよう機械を調整したり,電気毛布で温めたりといった処置を試みている。

5月30日(木),母が見舞いに訪れると,より黄疸が進行して前日より顔色が黄色に。首から胆汁を吸い取るカテーテルを挿入。徐々に鎮静剤を弱くしており,医師の呼びかけに反応して驚いて起きる。かなり痛そうな表情をしていたとのこと。

CT検査をしたところ,腸に便が残っており状態が良くない。一部を切除しても,切除部分から癒着が起きてしまうとのこと。

 

母は,目の前の現状が手術前の想定より悪かったため,なぜこうなったとか,どうしてああなったとか,現状の理由・原因が気になり,納得がいかない点もあるようです。

手術自体は成功したはずで,術後3日間は会話もできたのに,その後すぐ寝たきりのような状態になってしまって11日が経つので,受け入れられないのも無理はありません。

 

憎まれ口を叩き合いながらも,45年間ほど連れ添ってきた相棒であり,「手術をしない方が良かったのではないか?」「万が一……」と考えてしまう気持ちも理解できます。

毎日,片道1時間ほどかけて見舞いに行き,1日ごとの父の体調の変化の大きさに気をもみ,夜もよく眠れず,目が覚めてしまうそうです。

 

私は,自分でも不思議なほど冷静です。

なぜ?なぜ?という思いよりも,とにかく早く父が回復してほしい,手段や方法はどうあれ病院は精いっぱいのことを十分してくれているだろう,私たち家族はそれを信じるしかない,父の生きる力を信じて励ましを送るしかない,と考えています。

 

もちろん,万一の可能性も考えられます。

非常にドライな言い方かもしれませんが,全身を管につながれて,十分な意思表示もままならない姿を目の当たりにすると,この状態から健全に回復するのは奇跡的にすごいのではないか,という気がします。

父は延命治療は希望しないと明確に意思表示しており,現在は回復治療に向けて全力を尽くしている状態ですが,今後もしかすると延命治療を検討する状態に至る可能性もあります。

 

父は最近ようやく仕事を完全リタイアしたところで,高齢者の事故多発報道を受けて車も手放したところでもあり,始末が良すぎます。

何十年も前からやりたいと言い続けてきた絵描きや物書きを,ようやくこれから始めようというタイミングで旅立つのは,あまりにもったいない!

子として父を誇りに思い,感謝していますが,家族のため捧げてきた時間や人生を,これからは自身のために思う存分使ってほしいのです。

 

父の回復を祈る日々です。

 

【猫だらけ,猫づくし,猫まみれ】3回目の猫島レポート(2019年5月版)

こんにちは。

のら猫のように生きるサラリーパーソン,「のらりーパーソン」きくっちです。

 

さて,宮城県石巻市の田代島,通称「猫島」へ行ってきました。

3回目です!

1回目の記事は,こちら。 

www.kikutti.com

 

猫がそんなに好きかと言えば,そうでもありません。

むしろ犬派!?(笑)

 

では,なぜ3回も行くのかといえば,「島好き」です。

以前,遺伝子検査を受けたところ,私の祖先は現在のインドネシアあたりから沖縄を経て日本へ来たらしくて,海や島が大好きなのです。

www.kikutti.com

 

というわけで,「猫好き」ならぬ「島好き」の目から見た猫島の魅力をお伝えします!

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 <なかなかカメラ目線をくれない!(笑)>

 

【目次】

【アクセス・料金】

いざ,田代島へ行こうとすればアクセスが重要なので,少々詳しく解説します。

興味のない方は飛ばしてください。

 

仙台駅から石巻駅まで,仙石線か高速バスで約1時間。

石巻駅から船着き場まで,ミヤコーバスで15分,タクシーで10分,徒歩で30分。

船着き場から田代島まで,船で35分。

つまり,仙台駅から田代島まで2時間20分ほどかかります。

 

私は,朝7時24分に仙台駅を仙石線で出発して,8時20分に石巻駅着。

石巻駅から8時30分のミヤコーバスに乗って,8時45分に門脇2丁目駅で下車。

船着き場まで5分歩き,網地島ラインの船で9時10分発,9時45分に田代島(仁斗田港)へ着き,13時55分の船便で帰ってきました(たっぷり4時間滞在)。

 

少し朝が早いですが,帰りの船便も限られているので,日帰りならこれくらいがベストではないか,と思います。

 

ちなみに,帰りのアクセスがイマイチで,14時30分に船着き場へ着くのですが,石巻駅行きのバスが15時14分まで45分間もありません。

待つのがイヤだった私は石巻駅まで30分歩きましたが,けっこう遠くて疲れたので,あまりオススメしません(^_^;)

 

しかも,バスで石巻駅に15時30分頃に着いても,仙台行きの仙石線は15時54分発(16時48分仙台着)なので,また微妙に間が空きます。

頑張れば,船着き場から急いでタクシーに乗り(流しのタクシーはないので要予約),14時59分の仙石線(仙台に15時59分着)に間に合わせる方法はあります。

あるいは,ちょうどよい電車がない場合は,高速バス(50〜60分おき)を活用する方法もあります。

 

いずれにせよ,仙台駅を朝7時半頃に出発して,夕方5時頃に戻ってくる計算になるので,ほぼ1日がかりと考えた方がいいでしょう。

料金は,仙石線842円,高速バス800円,ミヤコーバス280円,船1,230円です(いずれも片道)。

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<2019年4月より新しく就航したシーキャット>

なお,田代島には,「仁斗田(にとだ)港」と「大泊(おおどまり)港」の2つの港がありますが,「仁斗田港」の方が多くの見どころが近くてよいと思います。

 

<仙石線時刻表>

www.jreast-timetable.jp

 

<ミヤコーバス時刻表(石巻駅発・山下門脇線)>

www.city.ishinomaki.lg.jp

 

<船(網地島ライン)>

ajishimaline.com

 

 <高速バス(仙台〜石巻)>

www.miyakou.co.jp

【探索MAP】

以前のマップは,イマイチわかりづらかったのですが,今回のMAPは見やすくて良いです!船着き場で入手できます。

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以下,猫島を3回訪ねた私の「オススメスポット」を紹介します!

 

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<左へ行くとMANGAアイランドや三石崎、右へ行くと猫神社や島のえき>

【1.MANGAアイランド】

田代島のシンボル的場所。

景観を楽しむもよし,集まってくる猫とふれあうもよし,センターハウスに入ってくつろぐもよし。

私のように島を一周して見て回りたい人は,ここでレンタルサイクルを借りることもできます。

 

島内は意外と距離があり(私は12キロほど走りました),かつアップダウンが激しいので,電動タイプがオススメです!

ちなみに,最後の方は電池が切れてめちゃ重くなったので,ペース配分が重要です(苦笑)

 

また,MANGAアイランドは4月中旬から10月末までしか開設していないので,注意が必要です!

www.city.ishinomaki.lg.jp

 

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<海を一望できるロケーション>

 

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 <休憩もできるセンターハウス>

 

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<漫画家の里中満智子先生がデザインした猫の形をしたロッジ>

【2.三石崎】

景観としては,ここ三石崎(みついしざき)が一番好きです。

荒波が岩壁で砕け,潮の香りが漂う太平洋に突き出た断崖絶壁の雰囲気がたまりません。

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<松林の向こうに望む太平洋>

 

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 <島の人の話では,80代のおばあちゃんがここを降りていって漁をするとか……>

 

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<いい眺め!この先に大謀網(だいぼうあみ)という大型の定置漁網があるそうです>

 

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<荒波を砕く三個の巨岩から「三石」の名がつけられたとか>

【3.猫神社】

正直,それほど見ごたえがあるわけではありませんが,「猫島へ来たからには一応押さえておきましょうスポット」です(笑)

付近を猫がウロウロしているので,撮影スポットとしてもちょうどよい感じです。

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<道路脇にこじんまりとしたたたずまい>

 

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<猫は大漁を招く縁起の良い生き物としてし親しまれてきたそうです>

【4.平塚八大夫の土蔵】

これ以降はけっこうマニアックなスポットなので,あまり期待値を高く持たず淡々と見るとよいと思います(笑)

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<一見,崩れかけのただの土蔵のようですが……>

 

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<平塚さんってすごい人だったんだ!>

【5.稲荷神社】

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<猫がらみ,大漁祈願の神社と思いきや……>

 

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<京都の落人が奉ったのが始まりだそうです!> 

【番外編その1:有料トイレ】

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<え〜お金払いたくないっす(笑)>

【番外編その2:弘法様の井戸

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<飲んでみたかったけど,残念ながら水が出ませんでした>

【番外編その3:二鬼城崎灯台

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<ここまで行くのに道なき道をめちゃ大変!しかも眺望はよくなくて残念!> 

【番外編その4:化け猫ポンタとおとが洞

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<だれも助けてくれないって,救いがなくてちょっと怖い話だなあ……>

 

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<こちらも怖い話。個人のエゴが許されない過酷な環境だった証拠でしょうか>

【番外編その5:島のえきのご飯

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<猫のかわいい器でおでんをいただきました>

【まとめ】

3回行ったことで,田代島のおおよそは把握できたように思います。

これまでの3回は,未踏の地を求めてしゃかりきに歩き回りましたが(笑),次回はMANGAアイランド,島のえき,カフェ,民家などで,島の人々の話を聞いてみようかなと思います。

 

あと,猫とのふれあいも(笑)

なお,猫にエサ,おやつ,人間の食べ物を与えることは禁止されていますが,人なつっこく近寄ってきてくれるので,心配いりません!

 

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