映画「謝罪の王様」

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皆さんは土下座をしたことがありますか?

幸い,私はこれまでありません(笑)

 

脚本・宮藤官九郎,主演・阿部サダヲ

阿部サダヲ演じる東京謝罪センター所長の「謝罪師」が,謝罪のテクニックを駆使して様々なトラブルを解決する話です。

 

ヤクザの車にぶつけてしまった素人。

同僚からセクハラで訴えられた男性社員。

息子が暴力事件を起こし、謝罪会見しなければならない有名人の両親。

映画に外国の皇太子が映っていたことから、国際問題に発展し謝罪しなければならない内閣総理大臣、などが登場します。

 

最後には,土下座を超える究極の謝罪「土下座の向こう側」を見出し,エンディングでE-girlsが「ごめんなさいのkissing you」をミュージカル風に歌って踊るなど,もうクドカン最高!阿部サダヲ最高!

という荒唐無稽,愉快痛快なエンタメ作品です。

 

純粋なエンタメ作品ですが,私は,主人公が「謝罪師」になったきっかけのセリフ「人は,ただ一言でよいので,謝ってほしい時がある」が妙に印象に残りました。

弁償してほしいとか,誠意をお金で示してほしいとか,目上の人に謝ってほしいという問題ではなく,ただ本人から謝罪してほしい。

 

つまり,「理屈」ではなく「感情」の問題です。

社会人として過ごしていると,「感情」より「理屈」が優先されます。

一時的,感情的な対応は理不尽でナンセンス。冷静で論理的な理屈を通すことが当然であり,スマートとされます。

 

たしかに,日によってコロコロ変わりうる不安定な「感情」を基準として生きていたら,安定的・継続的な信頼関係を築き,生産的な価値を生み出すことは困難でしょう。

 

仮に,「感情の赴くまま行動してよい」といったことが社会規範となったりしたら,犯罪が増え,社会が不安定化することでしょう。感情の最優先は危険です。

 

一方で,人間は「感情の生き物」でもあります。

一度,ある人のことが感情的に嫌いになったら、その人の主張がどれだけ正論であろうと,決して受け入れられない、いや,受け入れたくないといった経験は,誰しも思い当たるのではないでしょうか。

 

ただ,一言でよいので,謝ってほしい。あるいは,感謝してほしい。

それは,誰もが抱きうるふつうの感情と思います。

「あのとき素直に謝っておけばよかった」「恥ずかしがらず,ありがとうと言っておけばよかった」と,何人もの顔が浮かびます(汗)

 

幸い今のところ,その人たちは「土下座せんかい~っ!」と怒ってきませんが(笑),理屈ばかりでなく感情を大切にしないといけないなと,少々反省しました。

リーサルウェポンの土下座はさておき、「謝罪の王様」のテクニックも少し活用してみようかしらん(笑)