ウェルビーイング・クエスト〜きくっちの日記〜

ウェルビーイング・クエスト=「心と体の幸せ」を探求して

卒業式の思い出

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今朝,晴れ着姿の学生を見かけた。今日は卒業式らしい。

私は,卒業式にはあまり良い思い出がない。

 

幼稚園の卒業式。

園児全員で,ビートルズのイエスタデイを英語で歌った。

親たちは感動して泣いていたが,物凄く怖い先生に「いえすたでー おーまいとらぼー しーそー ふぁうぇー」と平仮名歌詞をスパルタで教え込まれた記憶しかない。

 

小学校の卒業式。

卒業証書を授与される際,「はい!」と立派な返事ができるか心配だった。

「卒業式の返事に6年間の全てが出る!」と先生のプレッシャーは半端なく,予行練習を繰り返したが,本番では緊張から声がかすれて失敗。「おれの6年間は終わった」と顔を上げられなかった。

 

中学校の卒業式。

当時,女子は,卒業する片想いの男子に,学生服のボタンを記念にほしいとお願いする習慣があった。

晩熟(おくて)だった私はそうしたことに無頓着で,よく知らない後輩女子に言われて「ああ,いいよ」と第1ボタンを渡した。友達数人と帰宅途中,またもよく知らない後輩女子に言われて,「おれ?ああ,いいよ」とブチッと学ランから取った第2ボタンを渡した。

「第2ボタンは本命にしか渡さない」と知ったのは後日のことだった。

 

高校の卒業式。

大学受験を控え,とにかく落ち着かない気分だった。

卒業式用に,初めて自分で選んで買ってもらったスーツを着ていたが,どうも周囲から浮いている気がした。1995年3月当時,バブルはとうに弾けていたはずだが,私が選んだのはアメフト選手並みの肩パッドが入った超バブリーなダブルのスーツだった。

時代を読み違えた私は,受験問題も読み違えたのか,ほどなく不合格通知が届いた。

 

大学の卒業式。

サークルの後輩たちと朝まで飲み明かした。

1次会は後輩が負担し,2次会以降は卒業生が負担するルール。3次会,4次会,5次会と進むにつれ,ここぞとばかりに後輩たちの高額な注文が増えていった。「さすが先輩!」というおだてに乗り,財布に3、4人いたはずの福沢さんが行方不明になられた。

福沢さんと引換えに後輩たちの体内に吸収された高価な水分は、数時間後には外界へ戻り、浄化されて大阪湾へ注がれる諸行無常を思うと、酔えども酔えぬ、泣けども泣けぬ気分であった。

 

卒業式は終わりではなく,新たな始まり。

思い切り感傷に浸った後は,思い切り走り出そう。

旅立つ皆さんに,幸多からんことを願います ^^