若人へのエール

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昨日は、国立大学前期の合格発表日でした。

毎年、この時期になると胸が疼きます^^;

 

現役の時は、「お前が落ちたら誰が受かるんだ!」と言う担任の言葉そのままに、自信たっぷりにA大学1本しか受けず、不合格(あれ?)

浪人の時は、「絶対にもっと上へ行ける!」と言う予備校のチューターの言葉そのままに、志望校のレベルを上げて前期はB大学、後期は再びA大学を受験して、ともに不合格(あれあれ?)

結果的に、受験慣れするため受けて合格していた、まさかのC大学へ進学することになりました(^_^;)

 

後にも先にも、1年間あれほど必死で勉強したことはなかったので、衝撃、愕然、失意、落胆、挫折、屈辱、恥辱、疲弊、憔悴、絶望といった負の感情は、筆舌に尽くしがたいものがありました。

大学の入学式で、私ほど暗く陰鬱な顔をした新入生はいなかったのではないでしょうか?(笑)

 

「なぜ合格できなかったのか?」という問いを、何百回繰り返したかわかりません。

客観的な答えは「合格点に達しなかったから」と言うシンプルなものでしかないのです。

しかし、「では、なぜ合格点に達しなかったのか?」「どのような対策をすれば合格できたのか?」「あれ以上の努力はできなかったのではないか?」「模擬試験で厳しい判定だった友人が受かり、上位だった自分が落ちたのはなぜか?」「自分は運がないのか?なぜないのか?」など考えても考えても、答えは出ないのです。

 

表面的には、大学の授業に参加したり、サークル活動に興じたり、飲み会に明け暮れたり、人並みの大学生活は謳歌しましたが、心の中の「なぜ?」は消えず、生来の天真爛漫さは雲散霧消してしまいました(笑)

 

そうしていつか辿り着いたのは、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉。

準備や努力が十分でなくても、運が良いように転がって不思議と勝ってしまうことはある。

しかし、負ける時は、負ける原因が必ず自分の中にある。

だから、必ず勝とうと思うなら、負けの原因となる要素を一つ一つ、可能な限り潰していくしかない。

 

まあ、おかげさまで、「不思議の勝ち」など期待しないようになりました(笑)

もし、第一志望にさくっと合格し、その後も挫折を知らず歩み続けていたら、「努力は必ず報われる!」「結果が出ないのは努力が足りないからだーっ!」という単純思考の明朗快活で深みのない大人になっていたと思います^^;

 

今年もおそらく、私と同じような挫折感を味わう受験生が生まれることでしょう。

全力で、本気で、必死で努力した人ほど、挫折感は非常に大きい。

もし、周りにそのような人がいれば、できることであれば、黙って抱きしめてあげてください。言葉はいりません。

 

もし、これを読んでいるあなたがそうであれば、一言だけ。

あなたの挫折感は誰にもわからないかもしれないけれど、大きく深く傷ついた分だけ、他者の痛みがわかり、より力強く立ち上がることができます。

大敗といえど一敗。人生のチャレンジは続いていきます。

 

今は、深い孤独の闇にいる気分かもしれませんが、あなたを信じている人がいます。

あなたを必要としている人がいます。

社会や世界に目を向ければ、その無限の可能性と面白さに、ふと目覚めるかもしれません。

 

順境ではなく逆境でこそ、その人の真価が問われます。

一敗地にまみれた原因を、苦しいけれども外部に求めず、真正面から自分と向き合うことで、成長の糧とできます。

 

自分を卑下することはありません。

あなたが「後悔」でなく「挫折」を感じているとすれば、それは全力で、本気で、必死でやりきったから。

顔を上げよう。前を向こう。胸を張ろう。

自分を誇りに思おう。

そしていつの日か、若い世代に自らの経験と魂のバトンを伝えていってほしい。

 

すいません、全然、一言じゃありませんでした(笑)

1996年に大学受験した先輩より🤗